かりかりかりかりかり。
人気のない教室では、シャープペンの音がよく響く。
「はぁー…」
…溜め息も、よく響く。
それを見て、新一はうんざりしたように言った。
「オメーさ…実はやる気ないだろ?」
「…ご名答ー」
ノートの上に突っ伏し、は肯定を示した。
「あのなー、オメーが『どうしても』って言うから教えてやってんだろーが。やる気ないなら帰るぞ?」
「…私がまた追試になったら、先生直々に新一にお願いが来るよ、『工藤くん、なんとかしてくれないか』って」
「…脅しか?」
「脅しだよ」
言って、もそもそと身を起こす。
「駄目は駄目なりに頑張ってるんです…寝不足で眠いんだってば」
中間テストが終了して、十日。大体答案も帰ってきて、多くの者はすでにその存在を忘れ去っている。…が、追試というものは、大体この時期から始まるのである。
「いくつ?」
「えーと…リーディングとライティング、あと数学」
「オメーなぁ…」
呆れ顔で言った新一に、はぷっとそっぽを向いた。
「いーよもうっ!あとは一人で頑張るから」
そう言うと、新一は苦笑して言った。
「…オレが帰ったら、オメー絶対寝るだろ?」
…否定できない。実際、今も油断すると眠りに落ちそうなのである。これで新一がいなくなったら、見回りの先生が来るまで起きないかもしれない。
「…じゃあ目、覚ましてよ」
「オレが?」
「他に誰がいるの」
別に深い意味なんてない。ただ、例えば昔の事件の話をしてくれるとか、古典的に目の前で手をぱちんっと叩くとか、そういったことで目を覚まさせてくれれば…そう思っただけだったのに。
「いいんだな?」
「…は、い?」
悪戯っぽそうな笑い方。それを見ただけで、一気に目が覚めた。いや、身の危険を感じたと言うべきか。
「あ、いや、なんかもう目、覚めたかも…」
「遠慮しなくていいって」
がたん。
は慌てて椅子から立ち上がり、じりじりと後退した。それに合わせるようにゆっくりと、だが確実に、新一がを追い詰める。
「あー…あの、新一くん?」
「んー?」
完全に壁際に追い詰められ、は嫌な汗を浮かべた。
「私、そーいうつもりで言ったわけでは…」
「いいから目、つぶれって」
「いや、だから…んっ…」
抵抗を続けようとした口を塞がれ、は慌てて新一を押しやろうと胸をどんどん叩く。だが、その程度ではびくともしない。
「…んっ…ふ…」
「…っは、だから、いい加減…」
「おい、もう下校の時間だぞ、電気を――…
そこに唐突に割って入ったのは、見回りの教師の声だった。だが、教室の隅で何やらやっている生徒を見て固まってしまったらしい。
「ちょ、ね、新一…!」


「あ、消しといて」


「…は?」
「だから電気。消しといてください」
言って、ちょいちょいと手を振る。さっさとどっか行け、と。
「…あ、ああ…」

ぱちん。

…電気の消えた教室は、わずかに夕日が差し込むだけの薄暗いものになった。
「あ、あまり遅くなるなよ…」
「はーい」
(うっそー!!なんでそんなにあっさり従ってるの!?)
「し、新一…あの人数学の先生だよ!?これが原因で追々試になったらっ…」
「大丈夫、そしたらまたオレが勉強見てやるから」
慎んでご遠慮申し上げます。
そう言おうとした矢先、にっこり笑った新一と目が合った。
「さ、、続きしようか」
「え、ちょ、待っ…!」



「…もう新一には勉強教わらない…」
結局、その日は勉強どころではなくなり。『追々試』と書かれた答案を前に、は心の底からそう誓ったのだった。




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