「新一?」
「うん。見なかった?」
「今日は新刊の発売日だーって、HRが終わるのと同時に帰ったよ?」
「えー!!」





(…もう、慣れたけどさ…)
あれから。
急いで新一の家まで行ったものの、呼び鈴を押しても返事はなく。玄関を開けても反応はなく。隣に座っても、声一つ掛けてはくれない。
とはいえ、もそんな状況には慣れていたので、今更文句を言ったりはしなかった。
(ドロボー入っても気付かないんじゃないかな)
そう思い、ちらりと新一の横顔を見やる。…大好きな推理小説を読んでいるときの彼の瞳は、真剣そのものだ。しばし見惚れてしまってから、慌てて立ち上がる。
「…お茶、入れてくるね」
聞こえちゃいないだろうけど。
やっぱり、何も言わずに台所を使う、というのは気が引けた。
「えーと…ダージリン、確かまだあったはず…」
おかしいな、この棚じゃなかったっけ。
がたがた、といじっていると、ふいにカツン、と肘が何かに当たった。
「あ」
…私の、マグカップ…!

ガチャンッ!!

「うそ…。」
どうやら、前来たときにしまい忘れていったらしい。
「新一が…初めて、買ってくれたものなのに…」
もはや原型をとどめていないマグカップを前に、はへたりと座り込んだ。


「うわぁ、やっちゃったな…」


「へ?」
唐突に後ろから聞こえた声に、慌てて振り返る。
「ほら、危ないだろ。そんなとこに座ってないで、こっち来いよ」
言って、の腕を掴むとぐいっと引っ張り上げた。
「え、新一、小説は…?」
「読み終わった」
「…さいですか」
そうだよね、途中だったら来てくれるわけないよね…。
一瞬『心配してきてくれたのかな』などと思ったが、そんなことはなかったということだ。
「あ、あのね、新一、これ…」
「…また」
「え?」
「また、いいの探しに行けばいいだろ?」
だから泣くな。
言って、新一が苦笑した。
「泣いて…なんか…」
いつのまに泣いていたんだろう。新一がぽんぽん、との頭を撫でる。
に怪我がなくて良かったよ。…今からでも買いに行くか?」
「え…?う、うん!」
先ほどまでの泣き顔はどこへやら。は、満面の笑みで答えたのだった。





…ソファの上に放り出された推理小説が、まだ三分の二ほどしかページが繰られていなかったことを、は知らない。




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