空を見る。…今にも降り出しそうな、とは言わないが、1、2時間後には降ってきそうな空模様だった。
「……。」
窓の外を見て、西校舎の4階…生徒会室に目を向ける。明かりがついているのを確認すると、キィと音を立てて椅子から立ち上がり、身に纏っていた白衣を脱ぎ捨て、机上に放置していた眼鏡を無造作にかけ、鞄をつかんで部屋を出るとさっさと施錠してどこかへ行ってしまった。
「あれー?」
「ん?どうかした?」
「鍵締まってるよ。もう帰っちゃったのかなあ、……黒羽先生」





「…はい。では、各委員長、クラスの出し物の発表を」
「1―Bは演劇をやります。内容ですが、“白雪姫”と“ダイナソー”を組み合わせた感動巨編を構想中です」
「脚本の完成時期は?」
「来週を目途に…」
ひとつひとつ発表される中、は何気なしに窓の外を見上げて眉を顰めた。…雨が、近い。
(参ったな…)
傘、持ってきてないのに。
濡れたからといって即風邪を引くわけでもないが、気持ちの良いものではない。今帰ればまだ間に合うだろうが、ここで抜けるわけにもいかない。
「はい、では次…」
「はい」
指名を受ける前に立ち上がると、は朗々と企画書を読み上げた。





「……凶と出たか」
結局降り出した雨を見て、“しばらくすればやむかも”と吉凶をかけて待機していたのだが、より一層激しさを増すだけとなってしまった。結果、相合い傘をして帰ってくれる友人もいなくなり、濡れる以外の選択肢はなくなった。
(…仕方ない)
いざ濡れるかと、一歩踏み出そうとした瞬間。
「よ、
ぽん。
不意に頭に手を置かれ、そのままくりんと振り向かされる。…そんなことをされずとも、声を掛けたのが誰かくらいはわかる。
「…なんですか。黒羽先生」
白衣を着ていない快斗を見るのは珍しい。それはそうだ、いつも保健医としての黒羽快斗しか見ていないのだから。今日は文化祭の話し合いと自主的雨宿りのせいで大分時間が遅くなったのだが、こんな時間まで真面目に勤務などしているものだろうか。
そんなことを考えながらジト目で睨んで言うと、快斗が苦笑しながら返した。
「いきなりそれはないだろ?オレ、に嫌われるようなことしたか?」
「自分の胸に手を当てて考えてみてください」
それだけ言うと、手首を掴んで振り払う。そのまま帰ろうとすると、快斗が慌てたように声を掛けた。
「待てって!おめーが濡れずに帰れるように待ってたんだぞ?」
「……………は」
唖然とした表情で、が呆けた声を上げる。…どうせ何事かどうでもいいようなことをしている内にこんな時間になったのだろうと、思っていたのに。まさか自分を待っていたなんて、思いつきもしなかったのだ。
「それは…ええと、ありがとうございます。でも、嬉しいですけど、その、傘とかだったら、下駄箱にでもかけといてもらえれば…」
さすがに申し訳ない気持ちになってそう言うと、快斗がにやりと口角を吊り上げた。
「“ありがとう”。相手の行動を肯定する言葉だな?」
「え?だから、その、傘を貸してくれるんじゃ…」
なんとなく嫌な予感がする。やや引け気味にそう言うと、満面の笑みであっさりと返された。

「ううん、車」

「ありえませんから……!!」
車の中でこの男と二人きり。考えるだけで悪寒が走るというか鳥肌が立つ。何をされるかわかったもんじゃない…!
即座に踵を返そうとしたの首根っこを掴むと、快斗がそれはそれは楽しそうににこにこしながらの手を引き、駐車場へ向かって歩き出した。
「はいはい、観念しようねー。楽しい放課後デートの始まりだよー」
「いいやあああああ!!」
ちゃん、大人しくついてこないと抱っこしちゃうぞー?」
「……その、自分で、歩きますから…勘弁してください…」
会議が終わり次第帰ればよかったとか、今日雨なんか降らなければとか、様々な思いが胸の内を渦巻く。だが仮に、そのどれをとっていたとしても。

結局、この男から逃れられはしないのだ。



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