「…いい加減にしろ!他にすることはないのか!!」
ただでさえ忙しいのに、急な中央への呼び出し。何事かと行ってみれば、飽きることなく繰り返される嫌味と嫉み。東部に戻ってきて、ロイの怒りは爆発した。
「…私が気に食わないのは分かる、だが他にやりようはないのか?仕事が滞ったら、最終的に困るのは上の連中だろう?」
誰もいない部屋に響く怒声。いらいらと部屋の中を歩き回り、どさりと椅子に腰を下ろした。
「…っ、ふー…」
ギィ…と軋む椅子に身を任せ、深々と溜め息をつく。
「これでは思うツボだな…くそ」
乱暴に書類をめくり、目を通す。どうしたところで苛立ちはおさまらなかった。その時、控え目にノックの音がし、ホークアイが入ってきた。
「失礼します。…大佐?」
「なんだ」
視線を上げること無く、つっけんどんな返事をしてしまう。今の自分を、一番見せたくない相手だった。
「こちらの書類、その…突然舞い込んできたもので、明日の昼までに提出せよ、とのことです」
「…なに?」
おさまりかけていたものが、またふつふつと沸き上がってくる。だめだ、これ以上醜い自分を晒したくはない。そうは思っても、書類を受け取ったときには既に沸騰寸前だった。
「いい加減にしろ…」
「え?」
「いい加減にしろと、そう言っているんだ!」


駄目だ


「明日の昼だと?ふざけるな!他にも書類はあるんだぞ!?」


違う


「大体君も、どうして素直に受け取ったりするんだ」


違う


「…もういい。しばらく一人にしてくれ」


こんなことを言いたいんじゃない!!


「…わかりました」
ぱたん、とドアが閉まったあとで、ロイは机に突っ伏して頭を抱え込んだ。
「違う、違う、違う!!何を言っているんだ…何を言っているんだ俺は!!」
今のはただの八つ当たりだ。彼女に対する甘えからくる、醜い八つ当たり以外の何物でもない。
「…っ、早く…」
彼女に、謝らなければ。
ロイは、閉まったばかりのドアを蹴り開けて飛び出した。





「中尉!」
廊下の先にいた彼女に、大きく声を掛ける。だが、確かに届いているはずのその声にも足を止めること無く、先へ先へと行ってしまう。
「…中尉っ!」
ロイは、廊下を猛スピードで駆けた。ブーツの音がやかましく響いたが、そんなことを気にしている余裕はない。
「…っ中尉!」
ようやく追い付き、肩に手を置くとばっと避けられた。
「…あ…」
「中尉…」
「も…申し訳、ありません…」
なんという顔をさせてしまったんだ、自分は。
「…いや、いいんだ。…いい加減にしろ、というのは、君に対して言ったわけじゃなくて…」
「…大佐?」
「いや、いいんだ、聞いてくれ」
不思議そうに眉根を寄せたホークアイを制し、ロイは言葉を続けた。
「君が悪いだなんて、本当は欠片も思っていないんだ。悪かったのは、私だ」
短絡的に発した言葉の数々は、思い出すだけで吐気がする。
「本当は、あんなことを言いたかったんじゃない。なのに、私は…」



言葉が足りなくて、君を傷付けた。



「…本当に、すまなかった。中尉、私は…」
そこまで言ったとき、ホークアイがロイの目を見ながらきっぱり言った。
「大佐がやられることは決まっているでしょう?…仕上げて見せてください。明日の、昼までに」
「…ああ、そうだな」
そう言って、ロイは苦笑しながら頭をかいた。
…彼女には、敵わない。
「やってやるか」
「では、戻りましょうか」
「そうしよう」



…例の書類が翌昼までに仕上げられたのは、言うまでもないことだった。




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2004.5.6


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