「…ほんっとカッコ良いよねー…手塚くん」
「そう?」
うっとりとした声で言ったに、は振り返ることすらせずに一言だけ返す。
かしゃん、と背中を預けていたフェンス越しに、再びの声。
「あ、休憩入るみたい。んじゃ私行くね」
「んー」
そこでようやく振り返り、ひらひらと手を振る。
「手塚によろしく」
「イヤミなやつー」
そう言いながらも、笑いながら立ち去るの言葉に毒はない。いつもの軽い掛け合いだ。
(カッコ良い…ねぇ…)
ドリンクを渡して回る…青学テニス部マネージャーの姿を目で追いつつ、は一人ごちた。
「わかってないなぁ…」
を追う内に視界に入った姿を見て、自然に笑みがこぼれる。
青学テニス部部長、手塚国光。兼、生徒会長でもある。ここ青学で、知らない人はいないだろう存在だ。…そして、私の彼氏だったりする。
(あ)
ぱち、と一瞬目が合う。にこにこ笑って手を振れば、ふいっと視線を逸らして何事もなかったかのように汗をふき取った。
(…わかってないなぁ、は)
カッコ良い、ねぇ。
それを見て小さく吹き出しながら、はまた視線をに戻す。最後の一人、不二周助にドリンクを渡したところだった。やはり目が合い、同じクラスのよしみで軽く手を振れば、先ほどの手塚とは違って笑顔で(っていつも笑ってるけど)振り返された手。間違いなく私に振っているんだけど、周りの女の子たちは自分たちに振られたと思ったらしい。黄色い歓声の見本みたいな声を出して喜んでいる。
(…そのほうがありがたいけど)
無駄に敵を作らずに済むし…そんなことを考えていると、不二がわざわざ遠くにいた手塚のところまで移動して、袖を引いて私の方へと注意を向けさせた。
(ぷっ)
思いっきり不二の腕を振り払い、大股でずんずん立ち去る様は、やっぱり…
(…ああ)
そういえば。不二だけは、私の意見に賛同してくれたんだっけ。横で菊丸が首を傾げているのをよそに、笑いながら頷いていた。「実は僕もそう思ってたんだよ」って。
あっと言う間に立ち去った手塚を見て、大笑いしている不二にぴっと親指を立てて合図を送った。
(グッジョブ!)
…よし。
今日の帰りは、久々に仕掛けてみよう。





「お疲れ様」
「…珍しいな」
校門脇で待っていたを見て、手塚はぽつりとそう言った。それは、滅多に見に行かない部活を覗きに行ったことなのか…それとも、帰りを待っていたことなのか。判別しかね、はひょいと手塚の手を取り、歩きながら両方答えることにした。
がね、たまには私の仕事っぷりを見に来なさいよ、とか言うから。いい仕事してるじゃん、マネージャー」
「…ああ」
繋がれた手を意識しているのが、嫌でもわかる。むくむくと頭をもたげた悪戯心に、もう少し待て、と慌てて制止をかけた。
「で、どうせ見てたんだし、せっかくなんだから一緒に帰ろうかなーと思ってさ」
「そうか…」
そう言ったきり、ふっつりと黙り込んでしまう。それを見て、はにんまり笑った。…無論、気づかれないようにだ。
(よし)
すぅーっと深く息を吸って、ばっとあさってを指さし叫ぶ。


「あっ、アレ何だ!!」


「……?」
あっさりつられ、手塚の意識がそちらに向いた瞬間。
ぐいっ。
手塚の首に腕を回し、軽く背伸びをして頬にキスをする。
「……っ!?」
ばっ、との腕を振り払い、真っ赤になった顔を隠すかのように口元を手で覆う。そのまま後ろによろめいた手塚を見て、はにっこり笑った。
「手塚、顔真っ赤だよー?」
「おま…えが、突然っ…」
しどろもどろに言葉を紡ぐ手塚に、は心の中で呟いた。
(…手塚は、“カッコ良い”んじゃなくて“可愛い”んだよ?)
みんなわかってないよなぁ。
“可愛い”って口に出したら怒るから(前言ったら一週間口きいてくれなかった)、言わないけどね。そういえば、誰かが「手塚くんは私の王子様」だなんて言ってたけど…
「手塚はお姫様タイプだよねー!」
「………
あ、…言っちゃった。
「ごめん!うわー怒らないでよ手塚ー!」
ずんずんと歩きだした手塚のあとを、慌てて追いかける。
(本当のことなのになぁ…って言ったらまた怒るよね)
さて、今度は何日間口をきいてくれないのだろうか。
…そんなことを考えながら、遠くなった手塚の背中を、足取り軽く追いかけたのだった。




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2004.11.30


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