「よ。」
雑踏の中、頭ひとつどころか五つ分ほどへこんでいるその人物は、やたらと目を引いた。普通の人から見たらただの小学生だが、実態はそうではない。
「生きてたか?キザな怪盗さん」
「…目の前に立ってるだろ」
そういって、快斗は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「何か御用でしょうか、小さな探偵さん?」
それに応えるかのように、その小学生―――江戸川コナンは、ニッと笑った。





「珍しいじゃん、新一からデートに誘ってくれるなんて」
「…誰もデートだなんて言ってねーよ」
街角の、小さな喫茶店。紅茶も珈琲も味は良いのに、少し引っ込んだところにあるせいでいまいち賑わっていない。…人目を忍んで会うのには、もってこいだった。
「なーんだ、残念。…んで?デートじゃないなら、何なのさ」
注文を済ませ、メニューを片づけながら快斗が問う。するとコナンは、ふいと視線を逸らして呟いた。
「…理由がなきゃ、会っちゃいけねーのか?」
それを聞くと、快斗は両目を潤ませ、震える声で返した。
「し…新一っ、やっとオレの想いに応えっ…!!」
「冗談に決まってるだろ、バーロ」
伸ばした腕をあっさりと避けられ、机に突っ伏す。…打った鼻が、痛い。
「新一ぃ…」
「あーもう、悪かったって!本題はな、」
そこまで言って、言葉を切る。各々の注文した飲み物が、運ばれてきたのだ。
「ご注文の方は以上でお揃いでしょうか?」
「うん、ありがとうお姉さん!」
コナンがにっこり笑って言うと、ウェイトレスは軽く微笑して一礼すると立ち去った。高校生と小学生。どうにも奇異な組み合わせだが、不躾な視線を向けられないで済んだのはひとえにこの演技力のお陰だろう。
「…板についてんじゃん、コナン君?」
からかうように快斗が言うと、コナンはアイスコーヒーにストローをさしながらぽつりと言った。
「もう、いらない技術だけどな」
「…え?」
口に運びかけていたグラスを、ゆっくりとテーブルの上に戻す。…もう、いらない?
「それって、どういう…」
「奴らを追いつめた」
…カラン。
涼しい店内で、汗をかいたグラスが音を立てて氷を崩す。…数秒だが、呼吸をすることすら忘れていた。
「奴ら、って…まさか、新一の体を小さく…」
意識して言葉を紡がなければ、声が震えていることに気付かれてしまう。鍛えられたポーカーフェイスに、快斗は心の中で感謝した。
「そう、その“奴ら”だ。…笑っちまうだろ?こんな大事なときに、オメーこんなところで何してんだ、って」
そこで、初めてコナンはコーヒーを口にした。ストローの中を、黒い液体が上っていくのがまるでスローモーションのようにはっきり見える。
「…いや、嬉しいよ」
こんな大事なときだからこそ。わざわざ、下校途中の道で自分を待っていてくれたことが。
「オレに、言っときたいことがあるんだろ?」
乗り込む前に、全てを終わらせる前に。
「…ねぇ、快斗兄ちゃん」
ゆっくりと。満面の笑みを、微かに悲しげな色を帯びた笑みを、浮かべる。

「忘れないでね、ボクのコト。」

「………!」
快斗は唐突に理解した。
彼は今日、“江戸川コナン”に別れを告げにきたのだと。
上手くいっても、…下手をやらかしても。コナンに会うのは、今日が最後になる。
彼に限って、下手を打つはずがない。そうは思っていても、押し寄せる不安の波は抑えきれない。…だが、自分が助力を申し出ようと、一蹴にするだろうことはわかっていた。これはオレの問題だ、手を出すなと。
「…忘れねーよ。忘れられるわけ、ねーだろ?小さな名探偵君」
時計台の時から。
そう言いかけ、やめる。あれは、“工藤新一”だった。
「…漆黒の星の時からな」
小さな体で、幾度も自分を苦しめた。子供であることをマイナス要素にせず、最大限に利用し、時にはこちらが驚愕するような手を使って追ってきた。窮地に追い込まれたこともあったし、彼の窮地を救ったこともあった。…それは、何物にも代え難い楽しい時間だったのだ。
「…だから」
忘れたり、しない。
“江戸川コナン”という名の少年を。
「安心して行ってこいよ。…じゃあな、コナン君」
俯き加減に座っていたコナンが、すとっと音を立てて椅子から立ち上がった。…その目には、強い、光が宿っている。
「…さんきゅ」
それが、…快斗が聞いた、コナンの最後の言葉だった。







「よ。」
人混みに埋もれることなく、こちらに向かって笑顔で手を振る彼を見つけるのは、
「…っ、新一!!」
それから、数日後。




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2005.3.8


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