…夢を、見ていた。





そこに住んでいる者でも全てを知る者はいない、知っているのは庭師くらいだ――そう称されるほど広い庭の中で、なにやら甘い実を付ける果実を見つけた、と。リンが嬉しそうにそう言って、ランファンの腕を引いて連れ出したのは先刻だ。
低い身長に比例した、短い足を懸命に動かして走る。リンも自分と同じく幼いが、身体能力は遙か上を行っていた。
「若!」
「なんだ、ランファン」
「なんだ、じゃ…う、わっ!」
反論しようとして、足下にあった石ころに躓いて転がる。そんなランファンを見て、リンは遠慮することなく大笑いした。
「はっ…ははは!ランファンの、今の顔っ…!」
「……っ!」
かぁぁ、と頬が紅潮するのを感じる。恥ずかしい、みっともない、情けない。
「わっ…若の足が、速すぎるんです」
苦し紛れの反論に、リンはランファンの額をコツンとつついた。
「主君に刃向かう気か?」
「! そんなつもりは…」
一気に血の気が引き、今度は青くなったランファンを見て、リンは再び大笑いした。
「冗談だ。立てるか?ランファン」
転んだはずみに離れていた腕を、ランファンに向かって差し出す。遠慮がちにその手をつかむと、ぐいっと勢い良く引き起こされた。
「わっ」
「行くぞ!」
手を引かれ、足の向くまま、彼の向かう先へ。
「はい!」
…ついていこうと決めたのは、いつだったか。





「…王が…!?」
「ああ、危ないらしい」
フーの言葉に、ランファンが息をのむ。…それは、つまり。
「次の…王を…」
「滅多なことをいうな、ランファン」
静かに、だが逆らう意志を持たせぬほどに強く。そう制したフーに、ランファンもはっと口をつぐむ。…どこで、誰が聞いているか分かったものではない。
「そこで、だ。若が、不老不死の法を求めて旅に出ることになった。その危険な旅を共にする従者を探しておられる」
…それ、は。
「私にも…チャンスがあると、」
若の役に立てると。
無言のまま目で頷いたフーに、ランファンも目で礼を言った。
おそらく行われるであろう、従者の選抜。それに間に合わせるだけの時間を、フーがくれたのだ。
(…この身など、どうなろうと構わない。)
あの方についていく。
それは自分の目標であり、絶対的な定めであり、…生き甲斐、なのだから。



…四肢が腐り落ちる限界にまで挑んだ鍛錬は、イバラにまみれた定めの道を切り開いた。



「ランファン!」
「っ、はい!」
耳元で叫ばれ、飛び起きる。敵襲かと反射的に戦闘態勢をとったランファンの頭を、リンはぽんぽんと軽く叩いた。
「出発だ。…今日中には、アメストリスに着けるだろう」
「はいっ!」
ついていこうと決めたのは、いつだったか。そんな遠い昔のことは忘れた。
(覚えているのは…体に叩き込んだ戦闘技術くらいだけれど)
今の自分にとっては、そちらのほうが大切なことだ。
「なぁランファン…本当に、その面を付けたまま行くのか?」
ちらりとランファンを見て言ったリンに、ランファンはこくりと頷いた。
「…対人赤面症がありますので……」
嘘ではない。それも本当のことだ。…だが、本当は。
“自分”という個体はいらない。
そのための面だ。「ランファン」という個体を、殺すための。
「…ランファン。一つだけ言っておく」
「…? はい」
ランファンが止める間もなく、すっと面をとると、リンはランファンの目を見て言った。

「死んでも、生き続けるんだ。」

「…、え?」
わけがわからない、という風に立ち尽くしたランファンに、リンは繰り返した。
「ここから先の旅は、これまで以上に辛くて厳しいものになるだろう。オレ自身、生き残れるかわからない。だが、オレが死んだとしても、死んでも、生き続けるんだ。」
後を追ったりするな。それが主君に対する忠誠だとは思わない。
「…若は、死にません」
「もしもの話だ」
今のランファンは、危うい。仮に自分が死んだとしたら、後を追いかねないほどに。
「若は死にません!」
「…そうですぞ」
ぽろぽろ涙を流しているランファンの後ろから、同じく面をつけたフーが現れた。
「…フー」
「ああ、この面ですか?ランファンだけでは目立つと思いましてな。…若は、死にませんぞ」
「だから…」
抗議をしようとしたリンを遮り、フーが言葉を続ける。
「そして、私たちも死にません。共に国に帰りましょう」
そう言って面を外し微笑んだフーを見て、リンはふっと肩の力を抜いた。そして、苦笑じみた笑みを浮かべる。
「…そうだな、オレが間違っていた。共に国に帰る。それ以外の選択肢などない…。そう、」
ランファンの涙をぬぐい、リンが力強く言った。
「いつだって、選ぶのは生きる道だ。」
「…っ、はいっ…!」
自分の意志は、死んでも生き続ける。でも、若を守ることは生きた身でしかできない。
「行こう。出発だ」
日は昇った。まだ遠いが、街の影も見えている。
(…生きます。ついて行きます)
腕を失うかもしれない、目を失うかもしれない。それでも、この命ある限り。…どこまでも、あなたと共に。
「忘れるな。最終目的地は…シンだ」
「「はっ!!」」

歩いていこう。




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