初めて七夕の話を聞いた時、私はわんわん泣いたという。
、どうしたの?何で泣いてるの?』
突然泣き出した私に驚き、母はそう言って私の背をぽんぽん叩いてあやしてくれたらしい。私は徐々に泣き止みながら、涙交じりの声でこう返した。
『だって、1年に1回しかあえないなんて…すっごくすっごく、かわいそうだもん』
御伽噺を真に受け、再びふえぇぇんと泣き出した私を、一体どうあやしたらいいものか。
母は、本気で困ってしまったらしい。





「なんやえらいロマンチストやったんやなァ」
「なにその過去形」
「別にィ?」
からんからんと下駄を響かせ、平次がからかうように言う。昔話なんて、するべきじゃなかったかもしれない。
「純真無垢だったの!今は違うとかそーいうんじゃなくてね、ただその事実だけが哀しかった…」
7月7日、七夕祭。
決して大規模なものではなく、が住んでいる地区内だけで行われる小さなお祭り。中学区がぎりぎり同じだった平次は、この地区内の人間ではない。それでも毎年、わざわざここまで歩いてきていた。彼曰く、浴衣姿で自転車やバイクはご法度だそうだ。
「せやなぁ……」
ぼんやりと星空を見上げ、平次が呟く。…残念ながら天の川が見えない程度には開発された土地では、まばらに星を拝むことしかできない。それでも、七夕の夜の星空はなんだか特別なものに思える。
「でもさー、私と平次ももう似たようなもんじゃない?最後に会ったのいつ?」
ぷ、と吹き出しながら言ったに、平次が眉をひそめる。
「……似たようなモン?」
「だってそうでしょー。中学までは毎日顔つき合わせてたけど、高校はいってからはー…そう、4月の入学式以来。3ヶ月ぶりだね」
織姫と彦星みたいなロマンチックさはないけどさー、と続けたに、平次が不満そうに言う。
「なんや、オマエはオレと年に一度しか会わなくてもいい言うんか?」
「いや、そーいうんじゃなくて。だからー、」
「オレは嫌やで」
軽く言葉を続けようとしたを遮り、平次が言い切る。
「………え?」
「せやから、オレはそんなん嫌や言うてんのや。年に一度とか。ほんなら364日は地獄や。会いたいのに会えへん、そんなん…生き地獄やろ。そんなん…」
見上げた空に、天の川は見えない。織姫星や彦星すら見えるか定かではない。儚い恋人たちの束の間の逢瀬を、邪魔されまいとしているようにも思える。

「生きつつ、死んでいる。」

がりがりと後ろ頭をかき、ぽつりと呟くように言って続ける。
「…としか、思えへん。そんなんオレはごめんやで」
ぽかん、と口を開けたままだったが、ここでようやく言葉を発した。
「…平次って、ロマンチストだね。」
「あァ!?」
今の話聞いてツッこむんはそこかいっ!!
…と、ツッこみたくなっている自分を全力で抑え込む。七夕の夜に喧嘩なんて無粋だ。
「そうだねぇ、じゃあ、もしも私と平次が織姫と彦星みたいになったら……」
「…なったら?」

カラン、カラン。

            カラン、カラン。

静かな夜道に響く、下駄の音。
あたりには、まだかすかに祭の残り香。
夏の空気をいっぱいに吸い込んで、がにこりと笑って続ける。
「そのへんにあるもの色々使って、船作って会いに来てよ。私も頑張って作るから。先に出来たほうが迎えに行くって事で、どう?」
ふふ、とうちわで口元を隠し、そんなことを言うものだから。
「……アホゥ。」
とっさに憎まれ口を叩くこともできず、そう返すだけで精一杯だった。星を見るフリをして、視線を明後日へと飛ばす。
「あはー、小さいときはロマンチストだったのにねぇ。ワイルドな織姫になっちゃったね」
くすくすと続けるの肩に、そっと手を伸ばし、次の瞬間、ぐいっと力強く引き寄せる。
「わ、」
「……オレは、」

歩を止めた二人に合わせるように、風がやむ。
束の間、虫の声だけがあたりを支配して。

「……待ってるだけの姫さんより、そーいうワイルドな姫さんのが好きやで。」
言うだけ言うと、平次はぱっと手を離した。
あっちぃあっちぃと言って団扇で自分を扇ぎまくっている平次を、がきょとんとした目で見る。
「……ワイルドな姫が好き?」
「だーもう!!オマエ聞いとるトコとか理解するトコとかさっきからズレとるんやっ!!」
「はぁ?なにが?」
「もう知らん!!」


不器用な二人のやり取りを、天上の星が優しく見守っていた。



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