仇討ち、と言えば聞こえはいいかもしれない。
…だが、これは復讐だ。
燃えるのは、正義ではなく、……憎悪の焔。







「……キッド。」
静かな呼びかけに、応えたのは夜風だけ。頬をなぜたそれをやり過ごし、は再び声を上げた。
「キッド。」
…白く、はためくマントは何も答えなかった。静かに月にかざす手には、淡い光を放つ、碧色のビッグジュエル。
「…捕まえさせて」
「丁重にお断りします」
口調こそ丁寧だが、射るような響きを持ったそれにはぴくりと肩を震わせた。
「キッド……」
何も知らない。
私はあなたのことを、何も知らない。でもあなたも、私のことを何も知らない。
…私が、あなたを追う理由。







…最初の頃は、半分お遊びみたいなもんだった。中森警部の上司にあたる人が、たまたま私の父親で。世間を騒がせる怪盗を間近で見たくて、その権威を借りて現場にいただけ。キッドを追ってると言っても、全くもって本気じゃなかった。むしろ、捕まらない方がいいなんて。そんなことを考えていたくらい。
…そんな考えを持っていた私が、…私の全てが変わったのは、やけに明るい満月の晩だった。
「あれはダミーなのに…」
中森警部を始めとする警察が、揃いも揃ってダミーに引っかかったのを横目に、は大して高くもないマンションの階段を一段抜かしで駆け上がっていった。軽いスニーカーを履いているため、ほとんど音もしない。
そっと屋上の扉を開け、隙間から滑るように外へ出る。ぴったりと身を寄せ、己の影が月にさらされないように慎重に移動する。…気づいているのかいないのか、キッドは数メートルも離れていないところに、こちらに背を向けて静かに佇んでいた。
(こんな近くでキッドを見られるなんて…)
その後ろ姿をしばし見つめていると、やがてキッドは懐から宝石を取り出し、月にかざした。
「………?」
何を、しているのだろう。
「…くそっ!!」

がしゃんっ!

硬い屋上の床へ宝石を叩きつけ、どさりと腰を下ろす。
…“キッド”にあるまじき暴言と行動に、は硬直した。
「畜生……」
(……な、に…?)
座り込んで月を見上げる姿は、かの有名な“怪盗キッド”からかけ離れていて、例えるならば…獲物を逃した、吸血鬼のような。綺麗で、美しいのに…どこか冷涼な気配から、逃げ出したくなった。
「望んでないんだ…」
プレッシャーに耐えきれず、ドアノブに手をかけた瞬間。
ぽつり、と聞こえた呟きに、は手を止めた。


「こんなの、望んでない……。」


「……っ」
がちゃっ、と扉を開け、中へ飛び込む。後ろから「誰だ!?」と焦ったキッドの声が聞こえたが、は振り返らずに階段を駆け降りた。…どういうわけか、あふれて止まらない涙を…ぬぐうこともせずに。







何があなたを縛っているの?
「…私は」
何を果たそうとしているの?
「あなたを」
何と戦っているの?
「…それ以上言うな」
チャカ、と構えられた銃に、は一瞬黙った。だが、すぐに言葉を紡ぐ。
「早く」

キュンッ!

冷たいコンクリートの上に、ハートのクイーンが突き刺さった。
「キッドなんてものから、」

パシュッ!

ちり、と腕に痛みが走るが、絵柄を読む余裕はなかった。
「解放してあげたい。」
すい、と顔を僅かに逸らせば、横を通り過ぎる鋭い風。こんな時だというのに、真正面から見据えた彼の顔は、怖いくらいに綺麗だと。そんな暢気なことを考えている自分が、おかしかった。
「…余計な、お世話だよ」
静かに銃を下ろし、それきり何も言わずにキッドは飛び立っていった。それを見送ると、途端に全身の力が抜け、はへたりこんだ。

(こんなの、望んでない……。)

あなたを縛っているキッドから、自由にしてあげたい。
そのためなら、どこまでだって、追いかける。
…この手で、あなたを捕まえて、解き放つために。



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2004.11.11


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