「だって、ソフィーがいつも嫌がるからこうするしか…!」
しどろもどろと言うハウルに、ソフィーは真っ向から向かって言った。
「何よ何よ、ハウルのバカ!大っ嫌い!!」
「ソ…ソフィ…」
「嫌いっ!だぁーいっきらい!」
「ソ、フィー…!」
「こんな城出てってやるんだから!」
「待っ…!」
言葉の刃で全身を切りつけられ、だばだばと涙を流しているハウルを振り返ることもなく。
ソフィーは乱暴に扉を開けると、城を飛び出していった。





(…ハウルが悪いんだからね!)
頭から湯気を出さんばかりの勢いでカッカカッカしながら、ソフィーはつかつかと歩き続けた。どこに行こうというアテもないが、そうしていないと爆発しそうだったのだ。
そのまま海岸に沿って歩き、少し開けた公園へ出ると、ソフィーはすとん、とベンチに腰を下ろした。
(…ちょっと、言い過ぎたかしら)
冷静になって考えてみると、あそこまで言う必要はなかった気もする。闇の精霊を呼び出したりしていなければいいんだけれど…掃除が大変だから、などと思案顔でいると、反対の入り口からマルクルたちがやってきた。荒地の魔女が乗った車いすを押しているマルクルは、どこか頼もしい。
「あ、ソフィー!どうしたの?散歩?」
ようやくこちらに気付いたマルクルが、にこにこしながら手を振った。荒地の魔女はと言えば、気持ちよさそうに目を閉じていて、寝ているのか起きているのかすらわからない。きょろきょろと周りを見渡すマルクルに、言外に「ハウルさんは?」の意味を感じ取ってソフィーは苦笑した。…話さないわけにはいかないだろう。
「ちょっとね、ハウルと喧嘩しちゃったの」
「えー、またぁ?」
「そう、また」
ハウルとソフィーの喧嘩は、今に始まったことではない。壷を置く位置から風呂に使うお湯の量まで、しょっちゅう言い争いをしている。
「今度はどうしたの?またハウルさんが勝手につまみ食いしたとか?」
よいしょ、とソフィーの隣に腰掛けながらマルクルが聞いた。軽く手を引いて座るのを手伝ってやりながら、ソフィーが首を振る。
「…もう忘れちゃった」
無論、本当に忘れたわけではない。だが、わざわざ口にして説明するほどのものでもない。…その程度の、ことなのだ。
(…それに)
マルクルの耳には、あまり入れたくない内容だ。
「ふーん…?あ、おばあちゃん、起きた?」
ゆっくり目を開けた荒地の魔女の元に、マルクルがぴょんと椅子から飛び降りて走って行く。開いた目は、ゆっくりとソフィーを捕らえた。
「好きなだけ喧嘩するがいいよ」
「…え?」
唐突にかけられた声に、ソフィーがきょとんとした声を出す。だがそれに頓着することなく、愉快そうに笑いながら続けた。
「喧嘩のひとつもないようじゃ、お互いすぐに疲れるだろうからね。それに、あんたには迎えが来るから…」
そこまで言いかけた時、空から「ソフィー!!」と絶叫まがいの声が降ってきた。更に、声に続いて人が降ってくる。
「ハウ…」
呆気にとられたソフィーが声を上げようとすると、それを遮るかのようにして降ってきた人――無論ハウルだ――が一気にまくし立てた。
「ソフィー!僕が悪かった!もう寝ぼけた振りしてソフィーのベッドに潜り込んだりしない!だから、帰ってきてくれ!!」
「ちょっ…!」
慌てて周りを見やれば、ぽかんとしているマルクル、楽しそうに笑っている荒地の魔女に、くるくる回りながら笑っているヒンが目に入った。…最悪だ。
「ハウルの…」
「え?」
「ハウルのバカーっ!!」
…真っ赤になったソフィーの絶叫は、遠く離れた城にまで響き渡っていた。





「おかーえりー」
「ただいまっ!」
必要以上に気合いの入ったソフィーの帰宅の声に続いて、ぞろぞろと後ろから城の家族が入ってくる。ハウルは一番最後で、やけに肩を落としている。…またソフィーに、何かこっぴどく言われたのだろう。
「カルシファー、お湯を送ってくれ…」
ふらふらと立ち去るハウルの背を見送り、マルクル達が自室に引っ込んでから、ソフィーはカルシファーに向かって、愚痴をこぼした。
「…っていうのよ、いくらハウルでもあんまりだと思わない?」
ひとしきりそれを聞いて笑ったり頷いていたりしたカルシファーだったが、ふとソフィーに向かってにっと笑いながら言った。
「けどさー」
「ん?」
夕飯の支度をしようと、フライパンを用意していたソフィーが振り返る。

「結局、ココに戻るんだろ?」

…それを聞き、ソフィーは苦笑した。
「…ええ、そうね」
全くもって、その通りだ。
「戻れる場所があるからこその喧嘩よ」
「けっ、ハウルが聞いたらなんて言うかな」
そう言ったカルシファーの上に、どんっとフライパンを置く。
「うわぁっ!?」
「私は言わない。カルシファーも言わない。だからハウルの耳には入らない。…いいわね?」
「…へいへい、わかったよ!」
「ふふ」
…今日はとびきり美味しい夕飯を作ってあげよう。
風呂場で嘆いているだろう恋人を思い浮かべながら、ソフィーは微笑を浮かべた。




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2005.3.2

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