「ナオジ様!」
「なんでしょうか、殿」
にっこりと微笑んで言えば、かあああと頬が染まるのが可愛くて、可愛くて、可愛くて。本当に可愛くて、愛しくて。
「……ほんと、どうしてくれましょうか。」
「は、え、何がですか!?」
唐突なナオジの台詞に、が何か失言でもしたかと慌てふためく。…ああもう、その様すらも。
「いいえ、なんでもありません。さあ、今日も仕事、お願いしますね」
「…はいっ!」





「…どうすれば彼女が自分に向かって笑いかけてくれるか、最近はそればかり考えているんです」
「ナオジ……」
うんざりだ、と言った風のエドに、ナオジが困ったように笑って続ける。
「あなたまで自分を邪険に扱うんですか?ルーイにはもう愛想をつかされたんです、少しくらい付き合ってください」
「あのなあ」
運悪く、今この部屋には自分とナオジしかいない。卒業式が近く、皆それぞれの私用もあるのだろう。
…しかし、一体ルーイはどれほどこのナオジに付き合ってやっていたのだろう。恐らくは黙って聞いていただけだろうが、それすらも苦痛になったのだろう。次の標的が自分とは、全く不幸以外の何者ともいえない。
(まあ話は聞いてなくても、ナオジがをからかいまくってるのは俺も知ってるけどよ)
よくも飽きもせず、と思うほどだ。委員会に顔を出している間中ではないかと思うほど、ナオジはに構っている。
「お前さあ、俺がもしを好きだと思ってたらどうするんだよ」
その言葉に、ナオジが書類を繰る手を止めて、にっこりと微笑んで言った。
「関係ありません。負けませんから」
「……そーかい」
おい、こいつだけはやめておけ。腹の中真っ黒だ。
一刻も早くこの場を立ち去りたいと思いながら、なんだろう…背を見せたら後ろから刺されるようなプレッシャーも感じる。逃げるに逃げられないこの状況を、誰か打破してくれ。誰でもいい、頼む。
「ナオジ様!…あ、エド様も」
ひょい、と顔を覗かせたのは、事の元凶、もといこの状況を打破する女神、もといだった。
…」
「自分がお願いした仕事は、済んだのですか?」
ほ、と息をついてのほうへ行こうとしたエドをあっさり抜き去り、ナオジは一瞬での前へ移動していた。
「はい、遅くなってすみませんでした」
「いいえ、むしろ早いくらいです。…ありがとうございます」
言って、が差し出した書類を受け取ろうとその手を伸ばし、そのままの手ごと握った。
「……?、!?あ、あの。ナオ、ジ、様……?」
わけがわからない、とりあえずこの手を離してほしい、真っ赤になって訴えるの目は、自然後ろにいるエドへと注がれていた。
(俺を見るな……!!)
俺にはどうしようもできない、というかどうかしようものなら俺がどうかなる。
心の中でそっと詫びると、エドはから視線を外した。それに気付き、の瞳が目に見えて落胆する。
「…殿、どこを見ていらっしゃるんですか?」
「え、あ、いえ!そ、それよりナオジ様、手を…」
「手を?」
「て、てを…」
離してください。
たった一言だというのに、その一言が言えない。自分のような者が何かを願い出たり、ましてや命じるようなことを言うわけにはいかない。
(ナオジ様は…それをわかった上で、やっていらっしゃるのかしら…?)
あまりのパニックに、もはやは涙目である。それを見て、ナオジは苦笑しながらようやく書類だけ手にしてを解放した。
「すみませんね、あなたを困らせたくは無かったのですが」
「ナ、ナオジ様……」
手を口元へ持っていき、かああああと真っ赤に染まる頬を隠そうとして。
その様がまた愛しくて、ナオジはそっと手を伸ばした。
「ひゃ、」
「…髪に、葉がついていただけですよ」
すぐにわかる嘘でも、髪に触れる言い訳くらいにはなる。
「しっ…失礼しますっ!!」
ばたんっ、とおよそらしくない勢いで扉を閉めて出て行ったを見送る。…後姿しか見えないが、おそらく今のナオジは、無意味に謝りたくなるくらい極上の笑顔を浮かべているはずだ。

「飽きないな、お前も。」

ぼそりと後ろから言ったエドに、ナオジが振り向く。…予想に違わず、満面の笑みで。
「ええ、そうですね。…きっと一生、飽きません」
(一生)
その言葉の重みに、エドが戦慄する。
…お前も大変なヤツに目をつけられたもんだよなあ……)
とにかく今日は、一刻も早くこの教室から退散しよう。
ナオジの笑顔は目に入らない振りをして、エドは目の前の書類を睨みつけたのだった。



----------------------------------------------------------------
BACK