気にしなければいいじゃない、なんて。
簡単に言うけれど、そういわれて「じゃあ気にしないことにしよう」なんて切り替えられるほど、人間器用に出来てない。
気になる、と自分が認識してしまったら。
もう、どうしたって、視界から外せなくなってしまうんだもの。





「……わ、お。」
友人とそんなやり取りをして、すぐに春休みに入ってしまって。
気にするのしないのとはいっても、所詮学校が休みになってしまえば、会うことはなくなる。…から、考えることもなくなるはずだったのに。
(江戸川コナン……)
行きつけの書店で見つけた後姿は、間違うことなき彼の人だ。
(んー、やっぱ気になる)
さささ、っと本棚の陰に隠れてみる。特に深い意味は無い行動だが、声をかけるかどうか考える時間が欲しかった。

『ねえ、江戸川コナンくんて、気にならない?』
『え?別に?ちょっと柄の悪い級友、くらいの認識だけど』
『…そう?ただの中学生に見える?』
『ただの中学生じゃなきゃ、なんなのよ』
『えー…そんなのわかんないけど、でも、なんか、気になる。どうしよう』
『どうしよう、って…そんなら、気にしなければいいじゃない』

(…だから、気になるんだってば。)
脳内で再生されたやりとりに、ぼそりと反論する。
友人の言うとおり、江戸川コナンはやや柄が悪い。それ故になのかなんなのか、あまり誰かと一緒にいるところを見かけない。たまに隣のクラスの女の子(確か灰原さん、と言った筈)と話しているけれど、あまり楽しそうには見えなかった。
(何が……)
なにが。
(何が、そんなに気になるんだろう。)
なにが、そんなに哀しいのだろう。
(どうして、)
どうして。
そんな表情をしているの…?
「なにしてるの?」
「うひゃあっ!?」
「……そんなに驚かなくてもいいじゃない」
真後ろに立っていたのは、聡明そうな美少女だ。…そう、まさに、今。
「は、灰原、さん…?」
考えていた、少女そのひと。
「あら、名前覚えてくれてたの?ありがと。でもごめんなさいね、私はあなたの名前を知らないわ」
「あ、えと、…っていうの。よろしく」
さんね。……江戸川くんのこと、見てたの?」
「え!?あ……うん、」
隠し立てする意味は無い。正直にうなずいたに、灰原がいささか意外そうに目を見開く。
「……そう。何か、発見できた?」
そう返した灰原に、がぽつりぽつりとこぼす。
「…ううん。別に、何か発見しようと思ってたわけじゃないの。…ただ、なんだろ、江戸川くんって、なんとなく他の人とは違う…っていうか。時々、とても哀しそうな瞳をする…っていうか…。それが、すごく、気になったの」
自分の中でも整理できていない感情である。それをそのまま灰原に告げると、その美少女の口角がわずかに上がった。
「……さんて、正直な人ね。私、好きよ」
「え!?」
わけがわからない、といった風なに、灰原は微笑を浮かべていった。
「江戸川くんも、もう大丈夫かもしれないわね」
「な…なにが?」
「別に。…ただ、簡単じゃないわよ。それでもいいなら頑張りなさい。じゃあね」
それだけ言って去ってしまい、は呆然と佇んだ。…結局、なんだったのだろう。
「わからん…」
小さく呟き、今一度江戸川コナンのいる本棚を覗く。変わらぬ後姿がそこにはあり、本種は「推理・ミステリー」コーナーだった。
(…うし。)
なんだかよくわからないが、励まされた気がする。声をかける意思を固めて、はすっとその本棚へと近づいた。
「……江戸川くん?」
顔を覗き込むようにして声をかけると、はっとしたようにコナンがこちらを向いた。
「あ……悪ィ。気付かなかった」
「え?あ…私、今声かけただけだよ」
「ん?……そっか。なら、よかった。オレ、たまに呼びかけられても全然気付かないで読みふけってること多いから」
「へえ…」
なんだか、学校にいるときの江戸川コナンと大分雰囲気が違う。…やわらかくて、そして、オーラが優しい。
(そっか…本、すきなんだ……)
「江戸川くんは、将来小説家とかになるの?」
何の気なしに、ほんの話題のつもりで振っただけの会話に。
……瞳の奥で、何かが凍りつくのを、見た。

「夢なんか、無いよ。」

ぽつり、と。
こぼれるように落とされたその言葉が、胸に突き刺さった。
「…………あ、」
「オレ、帰るわ。じゃあな」
ぱたん、と。
読みかけだった小説を平積みに戻し、コナンは踵を返した。
(あの……瞳。)
私は今、なにか、彼の地雷を踏んだのだ。
小説家?
推理小説?ミステリー?
………将、来?
「……江戸川、くん……」
胸が痛い。
彼を傷つけてしまった。
自分の言葉で、彼を追い詰めてしまった。

ゆめなんか、ないよ

耳の奥で反芻される言葉。
…それはきっと、彼の哀しみの根源。
『簡単じゃないわよ』
灰原さんはきっと、それを知っているんだ。
…知った上で、私を励ましてくれた。がんばれ、と。
「……ごめんね、私、また、あなたを傷つけるかもしれないけれど…」
それでも。
「もう、駄目なの。…気になって、気になって、止められない。」
哀しみをたたえたその瞳が、忘れられない。
憂いを帯びた表情が、色をなくした声が、忘れられない。
…その感情を。






恋と呼んでも、いいですか。



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