私は別に、お茶をいれるためにここにいるわけではない。
確かにあまり役には立てていないかもしれない。それでもそんじょそこらの同年代の女性よりはキレ者のつもりだ。
…だと、いうのに。
さんは、このFAXの山の処理・返信をお願いします。世界各国語ですが、特に問題はありませんよね」
「それは、そうだけど……」
どさりとFAX用紙の山を渡されて、不満の色を滲ませながらもそれを受け取る。気付いているのかいないのか、竜崎は「どうも」と一言言っただけで再びPC画面と睨めっこを始めてしまった。
(私だって、捜査と直接関係のある仕事がしたいのになあ)
そんなことを思いながら、じっと一人の捜査員を見つめる。
(…あの松田ですら、それなりに一員として働いてるのに)
視線を感じたのだろう。松田が振り返り、ぱちりとと目が合う。
「…さん、今何か、すごい失礼なこと考えてませんでした?」
「えー、別に?」
「いーやっ、絶対今何か失礼なこと考えてましたよ!わかりますよ!」
(くそ、変なところで鋭い…)
なんというかこう、獣的な…第六感的なものばかり研ぎ澄まされているとしか思えない。確か射撃の腕も悪くないはずだ。…やはりそういう、頭以外の部分が得意だとしか思えない。
「ふざけてないで仕事してください」
「ぶっ」
しばし静観していた竜崎が、ぼそりと呟いてファイルを放り投げる。ファイルは見事松田の顔面に直撃し、会話は強制終了された。





「竜崎も心配なんだろう」
「…私のことが、ですか?」
“竜崎が自分を一人前と認めてくれない”
一息入れませんか、そう言って、が夜神総一郎を別室に招き、落ち着いたところで切り出したのである。それに対し、夜神はなんでもないようにさらりと言った。
そんな夜神の言葉に、は眉をひそめる。
「そうは思えませんけど…」
「君がこうして、今も捜査本部に残ってくれていることはとても有難い。…だが、竜崎としても、唯一の女性メンバーである君をこれ以上危険な目にはあわせたくないのだろう」
「そんなこと、竜崎が気にするでしょうか」
「はは」
心底信じられない、というような目で言ったに、夜神が笑いをこぼす。確かに、普段の様子から「信頼しろ」というのは無理があるかもしれないが…
(だが実際に、南空ナオミの件もある…)
冗談抜きに、この事件の捜査は命がけで行われているのだ。竜崎なりの、不器用な気遣いなのだろう。
くんにも、仕事は回ってきているだろう」
「それはそうですけど…」
例えばキラにより行われた殺人事件だとか、そういったことにはほぼまったくと言っていいほど関わらせてくれない。あとで松田を呼び出し、「もう勘弁してくださいよ」というまで説明させるのが常だ。
「竜崎にも考えがあるのだろう」
「そう…ですか……。」
夜神にそう言われては、それ以上食い下がるわけにも行かない。
冷めた珈琲を片手に、は仕方なく自分の席へと戻っていった。





「あ、」
そんな漠然としたもやもやが数日続き。
機会は、唐突にやってきた。
(ラッキー、松田、資料放置してる!)
恐らく、息抜きにどこかへ出かけているのだろう。遠目からでも、その資料に何か写真が貼ってあり、その様子からキラの殺人に関するものであることは明らかだった。
(この隙に、)
捜査資料を盗み見よう。
そう思って、そっと数歩その机に近づいたときだった。

「見ちゃいけません!!」

「!?」
静止の声に続き、ふ、と視界が遮られる。
それが誰なのかを判断するより早く、は自分の視界を遮った指に、ドキンとした。
…細くて、とても綺麗な、指。
(って…何考えてるの私!?)
「ちょ、離し…」
「今離したら、あなたの目に好ましくないものを映すことになります。よって、このまま数歩下がることを要求します」
その言い回しと声に、手の主が誰かをようやく悟ったは反発心を抱いた。
「嫌!竜崎、私には捜査資料見せてくれないじゃない。私だって見たいもの!」
「あなたのような女性が見るべきものではないんです」
「女じゃ役に立たないってこと!?」
更に反発したに、竜崎が困ったように言う。
「…そんなことは言っていません」
いまだ視界は遮られたまま。
細く綺麗な指先が自分の肌に触れていることで、ほんのり頬が高潮していることには気付かないで欲しい。
『竜崎も心配なんだろう』
…ふと、夜神の言葉が脳裏を過ぎる。
(…そう、なの?)
そうなのだろうか。
心配した上で、余計なものを見ないように…としてくれているのだろうか。
(だったら…)
ふ、と息をつく。
彼なりの不器用な優しさに、むきになって反発したりして。そんなことには、何の意味もないではないか。
「ごめん、竜崎。…見ないから。ね?」
の声色が変わったことに気がついたのだろう。す、と、意外にあっさりと竜崎はその手を離した。…それを少し、名残惜しいと感じる。
「良かったです」
振り向いた先には、いつもと変わらぬ、猫背で無愛想な竜崎の姿があった。綺麗な指は、ポケットに突っ込まれていて見ることができない。
「うん、ありがと」
「お礼を言われるようなことはしていません」
くるりと向きを変えると、そのまま元いた椅子にひょいと飛び乗った。…つくづく器用だ。
(……私だけの秘密、ね。)
松田の資料はそのままにして、自分の席へと戻る。…彼の指がとても綺麗だということは、私の中で、小さな秘密として抱いていよう。だってなんだか、勿体無いじゃない?資料を見なかったんだもの、これくらいは許してくれてもいいわよね。
そんな自分への言い訳をしてから、は竜崎の後姿にそっと微笑みかけたのだった。





「…あれ?松田、その痣どうしたの?なんか蹴られた跡みたいだけど」
「どうもしませんよ…は、はは………」



----------------------------------------------------------------
BACK