ドアを開けたら、そこには先客がいた。 「…何してるの」 「んー?…なんや、か。お前こそ何しとるん?」 屋上は、 休み時間の屋上は、…私だけの場所だったのに。 この男は、こんなところにまで入り込んでくるというのか。 柵によりかかってこちらを見ている彼を睨みつけ、ゆっくりと言う。 「ねぇ、ここが私のお気に入りだって知ってて来たんでしょう?」 「んー?なんでそう思ったんや?」 「なんで…って…」 アンタが、 …喉元まで出かかった言葉を飲み込む。 (アンタが…何?何て言おうとしたの?) 遠くでチャイムが聞こえる。二人とも、教室に戻ろうとはしなかった。 「…アンタが?」 聞き逃さず、先を促す彼に苛立ちを覚える。悪戯っぽそうな笑い方も腹立たしい。なんでこんなに、行動の全てがいちいち気に障るんだろう。 気に障る? 違う、なんだろう、もっと的確な言葉があるはずだ。 なに? 私はその言葉を知らない…。 「。お前、なんでオレのこと避けとるんか教えてくれへん?」 唐突な彼…服部平次の台詞に、はっと現実に引き戻される。 「…別に、あなただけじゃない。単に一人が好きなだけ」 そうだ、それなのに。 アンタは、私の領域にずかずか入り込んでくる。 私、冷たいでしょ? 避けたり貶したり、あなたにとっては愉快なことじゃないでしょ? ねぇ…なんで、私の平穏を乱すの? 「…一人が好きってやつに限って、ほんまは一人なんか嫌いなんやで」 「なっ…!」 カッ、と顔が熱くなる。…なんで? 嘘だ、嘘だ。 …嘘だ。 その通りだ、と思わせたいの?…だったらそれは成功してるわよ。 じんわりと涙がにじみ出てくる。 「…何なの?どうしてアンタは、私を乱すの。私に何か恨みでもあるの?だったらもう十分でしょ!!」 その台詞に、平次はきょとんとした。 が叫ぶのを初めて見たからか、それともその内容にか。 …どうやら、後者らしい。 「…なんや勘違いされとるなぁ。あんな、、オレは別に乱すとか、そーいうんやなくて…」 だが、は既に平次の言葉を聞いてはいなかった。わけのわからない感情に飲み込まれ、自分自身何を口走っているのかよくわかっていない。 「アンタなんか…」 「え?」 「アンタなんか、死ねば良いのに。」 私を乱さないで、放っておいて。アンタさえいなければ、私は… だが、そこでははっと口に手を当てた。 …私は今、なんと言った? 「…がそう言うんならしゃーないな」 「なっ…ちょっ、何してるの!?」 ぎっ、と軋む音かしたかと思うと、平次は軽やかに柵を飛び越えていた。…今平次が立ってるのは、わずかな張り出しの部分。一歩踏み出せば…真っ逆さま、だ。 「…が死ね言うたんやないか」 「だっ、だけど、アンタ、誰かに死ねって言われたら死ぬの?なんでっ!?」 がしゃんっ、と柵にしがみついて言うに、平次は軽く微笑んで返した。 「…誰でもなんてあるわけないやろ?せやけど、好きな女に言われてもうたらなぁ。こら男として死なんわけにはいかんやろ」 「好…?」 その言葉を、が理解するより早く。平次は、僅かな張り出しを蹴った。 「な……!」 一瞬で姿の消えた平次に、は絶句した。 …飛び降りた?本当に? 「は…服部っ!!」 がちゃがちゃ、となんとか柵を飛び越えて、おっかなびっくり下を覗き込む。 「…あ、れ?」 下には、恐れていたものはなく。その代わり、ひとつ下の階のベランダからにょっと平次が顔を出した。 「…びっくりしたやろ?」 言って、にししっと笑う。 は脱力して、へたりと座り込んだ。 「…びっくりした。」 「今そっちに戻ったるから、待っとき!」 しばらく…いや、ほんの数十秒だったかもしれない。そのまま待っていると、バタン、とドアが開き、平次がこちらへ走ってきた。 「…なんなのよ」 死ぬと言ったり、飛び降りたり、 「好きって…なんなの?」 柵を越え、平次の腕につかまって着地する。 「いや…好きって、そのままの意味で。…ちゅーか、の返事聞くまでは死ねるかボケ」 そう言ってこつん、との頭を軽く叩いた平次に、は一気に耳まで赤くなった。 …怒りや苛立ちで赤くなったわけではない。そんな風に、直球で感情をぶつけられたのは初めてだった。 「なっ…なっ…」 真っ赤になっていいよどむを軽々と抱き上げ、平次はにっと笑って言った。 「…惚れたやろ?」 「っ!!」 なんなんだ、この男は。 ずかずか入り込んできて、 遠慮がなくて、 私の平穏を壊して、 …けど、 「…嫌いじゃ、ない」 …これが、今の私のせいいっぱい。 ---------------------------------------------------------------- 2004.7.5 BACK |