き っ か け が 必 要 で す





「例えば?」
「ん~…通りすがりにぶつかってハンカチ落とすとか、消しゴムを拾おうとして手が重なるとか」
「うわ!現代に生きる化石!?」
「しっつれいな!!私は本気!!」
「なお悪いわ!」
「むきいいいいいいいいい!!!」
教室の隅っこが何やら賑やかなのを横目に、白馬は次の授業で使う教科書を用意してから席を立った。
「私は~~っ、ある程度ロマンチックなきっかけを、ね!」
「ハンカチがロマンチック!?」
「劇的でしょ!…って、あれ、いつの間にかいなくなっちゃったし。どこ行ったんだろ……」
きょろ、と見回してから、桃が慌てて席を立った。
「トイレじゃないの?」
「白馬くんは2時間目と3時間目の間と昼休みにしかトイレには行かないよ」
「コラそこの変態」
「愛が深いと言って頂戴」
「どんな深さ!?」
(んと、今は3時間目と4時間目の間……次の授業は地理。てことは……)
「そうか!!完璧な推理!!」
「はぁ?」
そう言うなり、制止の声をかける間もなく桃は教室を飛び出していった。





(今日は社会の係の子が欠席してるから…白馬くん、きっと代わりに地図帳取りに行ったんだ!)
以前も、化学の時間に率先して先生を手伝っていた。そういうさり気ない優しさがすごくいいな、と思う。
(この角を曲がれば…!)
キュッと音を立て、廊下の角を曲がろうとした瞬間。
「あ」
「へっ」
目の前に、地図帳と配布物のプリントを抱えた白馬がいて。
「………っ!!!」
気付いたときには、もう、
「きゃあああああああああっ!!!!」
バサバサバサッ!!
……間に合わ、なかった。
「~~った……」
「大丈夫かい?怪我は?」
ぶつかられたのは自分なのに、真っ先に桃の身を案じる白馬に、なんだか申し訳なくて自ら穴を掘って潜りたい心境だった。
「大丈夫……私こそ、ごめん。プリント…散らばっちゃった」
「拾うから、大丈夫。空さんは先に教室に……」
「そんなわけにはいかないよ!ごめんっ、すぐ集めるから!!」
頬が染まっているのを感じる。ハンカチも消しゴムも落としてないけど、なんだか本当に思い描いていたような状況だ。ただ、プリントを拾うのに、手が重ならないように細心の注意を払ってはいたけれど。
「…社会科準備室に、何か用があったんじゃないのかい?」
「え……」
そういえば、この廊下の先にあるのは社会科準備室だけだ。
まさか「あなたを追いかけてきたんです」とも言えず、桃は瞬間言葉に詰まった。
「えーと…あの、んと、先生に、聞きたいことがあって。この前のところ…」
空さん、地理に興味があるのかい?」
ぱっと顔を輝かせた白馬に、桃がきょとんとする。
「え……」
「実は昨日の授業、僕も気になるところがあったんだ。今日は先生、手が離せないみたいだから、放課後に図書室で調べてみないか?ああ勿論、空さんに時間があれば、だけど……」
「あ、あいてる、よ…」
「良かった!じゃあ、放課後に図書室でね。ああ、プリントは全部僕が持っていくから大丈夫」
桃が抱えたままだったプリントをひょいと抱え上げると、白馬はそのまま先に行ってしまった。…後には、ぽかんとしたままの桃がひとり残され。
「……やば。」
ついにきっかけが来た、とか。
まさかの展開に頭がついていかない、とか。
なんかとにかく色々あったけど、
「地理……やらなくちゃ………!!」
がばっと立ち上がると、桃は全力疾走で教室へと舞い戻ったのだった。



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