ブルー・ワンダーの巻 4





「う、浮いてる!?」
「キッドすごーい!!」
「マジかよ!?どーなってんだ、あれ!!」
ざわざわと周囲がざわめきだっている中で、も空を見上げて呆然としていた。…浮いている。確かに、何もない中空に。
「どうなってるの…?」
「生身の人間が、重力に逆らって浮けるわけがないんだ。あいつは人間だ。種も仕掛けも見つけてやるさ」
足元にいるコナンが、不敵な笑みを浮かべて言う。…に向けていった言葉かどうか定かではないが、やはり随分と大人びている。
「ねえ、コナン君…」
「え?」

ババババババババババ……

が言いかけたところで、ヘリがすぐ頭上にやってきた。おそらく、次郎吉か警察かが頭上にワイヤーがあると踏んでヘリを移動させたのだろう。
「っ、風が……」
ヘリコプターの風圧というのは、予想以上に強い。よろけたを、コナンがぐっと手を握って支えた。
「大丈夫か?」
「あ、うん…ありがとう」
(やっぱり、大人びてるなあ。蘭の前だとそんな感じしないのに)
小学生に助けられちゃってもう情けない…などと考えているうちに、新展開が起こっていた。ヘリが頭上に回っても、何もなかったらしい。つまり、頭上からつられているわけではないということだ。
「ビルの間にワイヤーを通して体を吊ってるんだ。ボクらも行こう!」
「え?あ、うん!」
ぐいっと手を引かれ、そのまま走り出す。なんというか、ここから先は自分のような一般者が立ち入る場所ではないような気もしたが、コナンが腕を引いて走っていくので追わざるを得ない。…なんだか、現場慣れしている子だなあなんて思う。
「……おいおい。なんでアイツとが一緒にいるんだよ!?」
自分の足元を走り抜けていく影を目で追いながら、快斗がぼそりと呟く。…今回は不干渉だと言っていたくせに、随分張り切って自分を追っているではないか。それも、よりによってあいつと一緒に。
(…そーいやとあいつは同じ中学だったか?白馬のヤローはどうせどっかでスカしたツラして見てんだろ)
盗らないと言ったからには盗らないはずだと。確かにそのとおりなのだが、全く姿が見えないとそれはそれで妙に腹立たしい。つくづく面倒くさいなあと思うが、今はそんなことを考えている場合ではない。ワイヤーの切り替えは終わっている。間もなく、両隣のビルに人が現れる頃だろう。…も。
(くそ、月曜にぜってー問い詰めてやる)
来週の予定を立てるだけの余裕もあったが、そこで思考を切り替えた。ビルの屋上に中森の姿が見えたのだ。…さて、あとは仕上げをごろうじろ、だ。
「中森警部!!こっちのビルからも何も出ていませんが…」
「なっ…じゃあ、一体どうやって……」
目の前にいる快斗を見つめ、が呆然とした声を上げる。…一体どうやって、浮いているというのだろう?
コナンも思いは同じだったらしい。悔しそうにキッドを見下ろしている。

「レディース…アンドジェントルメーン!!」

わぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!!!
必死な警察を嘲笑うかのように、キッドがショータイムを始めた。ワイヤーがないとわかった以上、屋上に用はない。コナンと共に階段を駆け下り、も群衆の中に混じり込んだ。
「嘘…今度はあのまま空中歩いてるよ!?一体どうなってるの…!」
「くそ…」
コナンと共に走りながら、が驚きを隠せずに言う。コナンとしても心境は同じなのだろう。下からでは手を出すことも出来ず、ただキッドが歩いて……空中を歩いていく様を、見ているしかない。
「きゃっ」
ど、と群衆の背中に当たり、が足を止める。
(悪いな、
その機を逃さず、コナンがキック力増強シューズのダイヤルを回した。…ここからなら、撃ち落せるかもしれない。
パリパリッ…
「………。」
勘違いでは、ない。
思い込みでも、ない。
そのときキッドは、確かに自分の方を見た。シューズを構えた自分を見て、そうしてついと視線を逸らしたのだ。
(なんだ……?)
今の視線は、何を意味していた?
「さて、前夜祭はここまで…明晩20時、再び同じ場所でお会いしましょう…」
ポン、と軽い音を立てると、その姿は忽然と消えていた。…まるで、魔法のように。
「ごめんね、コナン君。大丈夫だった?」
「うん。大丈夫だよ!」
人混みをかき分けて出てきたに、にこりと笑って返す。…先ほどまでの自分は、素を出しすぎていたかもしれない。気をつけなければ。
「じゃ、蘭たちのところに戻ろう。もうキッドも帰っちゃったみたいだしね」
「そうだね……」
考えることは多い。もう一度キッドの消えたあたりを見てから、コナンはの後について歩き出した。





「…成程。そういうことか」
騒ぎが収まってから一人ビルの屋上に上り、白馬は、壁に残された真新しい傷痕をそっと指で撫でた。
「ということは、明日は……」
す、と立ち上がると、頭上の月を見上げる。遮るものが何もない今、その光は眩しいほどだった。
「…そんなに、照らさないでくれよ。」
そう小さく呟くと、すっと身を翻してその場を後にした。
 

追う者と、追われる者。様々な思惑が交叉する中、月がゆっくりと沈んでゆく。
…決戦は、明日だ。




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