月下の攻防 1





には、ひとつ気になることがあった。
快斗はたまに、盗んだ後の帰りがけにの家に寄っていくことがあった。その時、いつも宝石を月にかざしていたのだ。
最初は「絵になるなあ…」くらいにしか思っていなかったけれど、…それがなんだか意味のある行動に思えて。
それに、キッドは月の明るい晩にしか飛ばない。きっとそれは、彼がキッドである所以の…
本質に、関わること。





「キッド様ー!!」
「キッド!キッド!」
「きゃー!!キッドー!」
(話には聞いてたけど…)
周囲を埋める人の群れ。
それらを半ば呆れながら眺めつつ、は小さく呟いた。
「キッドってすごい人気なんだ…。」
どこにいても黄色い声が聞こえて落ち着かない。
「……あ!」
そんな山のような人だかりの中、は見知った顔を見付けて駆け寄った。
「キッド来るなー!キッドはんたーい!」
「あーおーこ!」
「へ?…あ、ちゃん!」
一人、『キッド反対』のボードを掲げているのは同級生の青子だった。
「どうしたの?あ、もしかして青子が気付かなかっただけでいつも来てたの?」
「ううん、こんな風にキッドを見るのは初めて…」
捕まえようとするんじゃなくて、ただいちキッドファンとして見るのは。
だが、それが伝わるはずもない。青子は「テレビではなく、生でキッドを見るのは初めて」ととったらしい。
「でも意外だなー、ちゃんがキッドのファンだなんて」
「あはは、違うよ。私はちょっと…」
そこまで言ったとき、空の向こうに白い小さな点が現れた。それは徐々に大きくなり、やがて…
「キッドが来たぞー!!」
わああぁぁあぁあっ!!
白き魔術師の姿を作った。
「…ねぇ、ちゃん、ちょっと…」
「え?」
うっかりキッドとしての快斗に見惚れていたは、青子の言葉に慌てて振り返る。
「なんかあの人…怖くない?」
青子がこっそりと目線を送った男は…

ゾクッ。

(……!?)
唐突に襲った悪寒に、は全身から冷や汗が吹き出した。
(な…なに…!?)
青子が言った男は、目深に帽子を被っていて目が見えない。それなのに、その目に心臓を射抜かれたような…そんな錯覚に陥る。
「あー!キッドが盗っちゃったー!!」
既にキッドへと目線を戻していた青子は、の変化に気付かない。
は本能で感じとった。
…あの男は、危険だ。
「あお…」
だな?」
コツンッ。
青子に危険を知らせようと、声をかけようとした時だった。背中に何か固いものを押し付けられ、全身が硬直する。
「黙って我々の後についてきてもらおうか。暴れれば撃つ」
(拳銃…!)
「…わかっ、た」
ちらりと目をやれば、先ほどまで男がいた場所には誰もいない。…なんて動きの早さだ。
(理由は分からない…けど…)
青子を、危険に巻き込みたくはない。
「あ、青子…私、トイレ行ってくるね…」
「え?あ、うん。わかった!」
ゆっくり、ゆっくりと後退する。
やがて人の群れを抜けると、真っ黒な車が目の前に現れた。
「…これ…」
「乗れ」
「うわっ」
どんっ、と背中を強く押され、無理矢理押し込められる。…そのまま、黒塗りの車は急発進して走り去った。





(スネイク……!)
快斗は、全身から血の気が引くのを感じた。
が屋上から落ちたときの、あの比じゃない。
が来るとわかっていたので、いつもより注意深く野次馬の群れを見ていたのだ。
…そして、見付けた。と青子のそばに佇む、黒い影に。
「くそっ!!」
盗った宝石を急いで月にかざし、パンドラではないことを確かめる。すぐに“黒羽快斗”になると、先ほどを見掛けた場所へと急いだ。
「おい、青子!」
「あれ?快斗だ。どうしたの?」
青子の隣にはいない。スネイクも消えている。ざわざわと、嫌な予感が全身を駆け巡る。
「お前、と一緒にいただろ!?どこ行ったんだ!!」
「え?あ、トイレ行くって…大分前に行ったのに、遅いなあ…」
(トイレ……)
なにかの言い訳に使うベスト1がトイレだ。
のことだ、青子を巻き込みたくないと思ったのだろう。
「…わかった。サンキュ」
そのまま、裏路地へと駆け込むと壁に拳を叩き付けた。
「っくそ……!!」
なぜが来ることを拒みきれなかったんだ。
なぜ理由を話せなかったんだ。
津波のように押し寄せる後悔も、何の役にも立たない。
キッドの周りをちょろちょろしている女の子。キッドの関係者だと予想をつけ、さらう機会を狙っていたのだろう。
「…ぜってー助けてやるからな…!!」
このまま、ここでこうしていてもどうにもならない。快斗はキッドの衣装を身に纏うと、反対側の路地から飛び出した。

プルルルル……

「!」
…真横の公衆電話が、キッドを待っていたかのように鳴り出した。




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2004.7.18



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