には、ひとつ気になることがあった。 快斗はたまに、盗んだ後の帰りがけにの家に寄っていくことがあった。その時、いつも宝石を月にかざしていたのだ。 最初は「絵になるなあ…」くらいにしか思っていなかったけれど、…それがなんだか意味のある行動に思えて。 それに、キッドは月の明るい晩にしか飛ばない。きっとそれは、彼がキッドである所以の… 本質に、関わること。 「キッド様ー!!」 「キッド!キッド!」 「きゃー!!キッドー!」 (話には聞いてたけど…) 周囲を埋める人の群れ。 それらを半ば呆れながら眺めつつ、は小さく呟いた。 「キッドってすごい人気なんだ…。」 どこにいても黄色い声が聞こえて落ち着かない。 「……あ!」 そんな山のような人だかりの中、は見知った顔を見付けて駆け寄った。 「キッド来るなー!キッドはんたーい!」 「あーおーこ!」 「へ?…あ、ちゃん!」 一人、『キッド反対』のボードを掲げているのは同級生の青子だった。 「どうしたの?あ、もしかして青子が気付かなかっただけでいつも来てたの?」 「ううん、こんな風にキッドを見るのは初めて…」 捕まえようとするんじゃなくて、ただいちキッドファンとして見るのは。 だが、それが伝わるはずもない。青子は「テレビではなく、生でキッドを見るのは初めて」ととったらしい。 「でも意外だなー、ちゃんがキッドのファンだなんて」 「あはは、違うよ。私はちょっと…」 そこまで言ったとき、空の向こうに白い小さな点が現れた。それは徐々に大きくなり、やがて… 「キッドが来たぞー!!」 わああぁぁあぁあっ!! 白き魔術師の姿を作った。 「…ねぇ、ちゃん、ちょっと…」 「え?」 うっかりキッドとしての快斗に見惚れていたは、青子の言葉に慌てて振り返る。 「なんかあの人…怖くない?」 青子がこっそりと目線を送った男は… ゾクッ。 (……!?) 唐突に襲った悪寒に、は全身から冷や汗が吹き出した。 (な…なに…!?) 青子が言った男は、目深に帽子を被っていて目が見えない。それなのに、その目に心臓を射抜かれたような…そんな錯覚に陥る。 「あー!キッドが盗っちゃったー!!」 既にキッドへと目線を戻していた青子は、の変化に気付かない。 は本能で感じとった。 …あの男は、危険だ。 「あお…」 「だな?」 コツンッ。 青子に危険を知らせようと、声をかけようとした時だった。背中に何か固いものを押し付けられ、全身が硬直する。 「黙って我々の後についてきてもらおうか。暴れれば撃つ」 (拳銃…!) 「…わかっ、た」 ちらりと目をやれば、先ほどまで男がいた場所には誰もいない。…なんて動きの早さだ。 (理由は分からない…けど…) 青子を、危険に巻き込みたくはない。 「あ、青子…私、トイレ行ってくるね…」 「え?あ、うん。わかった!」 ゆっくり、ゆっくりと後退する。 やがて人の群れを抜けると、真っ黒な車が目の前に現れた。 「…これ…」 「乗れ」 「うわっ」 どんっ、と背中を強く押され、無理矢理押し込められる。…そのまま、黒塗りの車は急発進して走り去った。 (スネイク……!) 快斗は、全身から血の気が引くのを感じた。 …が屋上から落ちたときの、あの比じゃない。 が来るとわかっていたので、いつもより注意深く野次馬の群れを見ていたのだ。 …そして、見付けた。と青子のそばに佇む、黒い影に。 「くそっ!!」 盗った宝石を急いで月にかざし、パンドラではないことを確かめる。すぐに“黒羽快斗”になると、先ほどを見掛けた場所へと急いだ。 「おい、青子!」 「あれ?快斗だ。どうしたの?」 青子の隣にはいない。スネイクも消えている。ざわざわと、嫌な予感が全身を駆け巡る。 「お前、と一緒にいただろ!?どこ行ったんだ!!」 「え?あ、トイレ行くって…大分前に行ったのに、遅いなあ…」 (トイレ……) なにかの言い訳に使うベスト1がトイレだ。 のことだ、青子を巻き込みたくないと思ったのだろう。 「…わかった。サンキュ」 そのまま、裏路地へと駆け込むと壁に拳を叩き付けた。 「っくそ……!!」 なぜが来ることを拒みきれなかったんだ。 なぜ理由を話せなかったんだ。 津波のように押し寄せる後悔も、何の役にも立たない。 キッドの周りをちょろちょろしている女の子。キッドの関係者だと予想をつけ、さらう機会を狙っていたのだろう。 「…ぜってー助けてやるからな…!!」 このまま、ここでこうしていてもどうにもならない。快斗はキッドの衣装を身に纏うと、反対側の路地から飛び出した。 プルルルル…… 「!」 …真横の公衆電話が、キッドを待っていたかのように鳴り出した。 ---------------------------------------------------------------- 2004.7.18 → BACK |