(…いくらなんでも、遅すぎるよね…) じわりじわり、と不安が押し寄せてくる。 (ん?…そういえば、快斗は何で青子とちゃんが一緒にいるって知ってたんだろ?) しばし考え込んでから、慌てたようにぶんぶんと頭を振った。 「あーもう、そんなことはどうでもいいのよ!今確かめなきゃいけないのは、ちゃんの無事!」 まさか、あの変な男に…? 「…青子だけじゃ駄目だっ、お父さーんっ!!」 (……!) プルルルル… 鳴り続ける電話。周囲に人気はない。 …快斗は意を決し、受話器を持ち上げた。 『…用件は分かるな?』 (スネイク…) 自分がキッドだということを、確かめようともしていない。スネイク本人はを連れて立ち去っているようだから、やつの手下がどこかで自分を見ている可能性が高い。 (けど…見てるのは路地の外からだな。じゃなきゃ黒羽快斗の姿を見られてるはずだ…) 大方、キッドが現れそうな場所に何人か配置していたのだろう。 「…ああ。悪いが今日の獲物もパンドラじゃねーぜ。を返してもらおうか」 すると、電話の向こうからクックック、と愉快そうな笑い声が聞こえた。…聞いている方は、不愉快になる類の笑い方だ。 『あいつはお前のなんだ?試しにさらってみたが、随分とご乱心のようだな。現場をうろうろさせて…どういう関係だ?』 「答える義理はねーな」 胃がむかむかする。長い間この声を聞いていたくない。 『まあいい…本物かどうかはこちらが確かめる。場所は…江古田病院は分かるな?そこから300m程度離れたところにある病院跡地に来い』 江古田病院跡地… 確か、木造三階建てで相当老朽化が進んだ建物だ。少し入り組んだ場所にあり、わざわざ近付く物好きもいない。なるほど、身を潜めるのには最高の環境だろう。 「…わかった。いいか、には手を…」 ガチャンッ。 ツー、ツー、ツー… 「…くそっ!」 がんっ、と受話器を叩き付ける。 …絶対に守る。 そう決意したのは、ついこの前だというのに。 ぎり、と歯を食いしばると、快斗は月下の夜道を駆け抜けた。 (…っ、うーん…) まだ頭がくらくらする。 車に押し込められたのと同時に妙な薬をかがされ、が次に意識を取り戻したのはどこかの廃屋の中の一室だった。部屋の中には誰もいないが、人の声が聞こえるということはドアの外で誰かが見張っているのだろう。 (っつ…とにかく、この縄をとかなきゃ) 後ろ手に縛られている腕を、がむしゃらに動かす。 …状況は飲み込めない。 だが、自分がさらわれる理由として最も可能性が高いのは―――キッド絡みだ。最近現場でうろうろしているのを、その“誰か”…少なくとも、キッドに好意を持っていない、誰かが見ていたのだろう。 (まさか…快斗が言ってた危険って、このこと…?) …とにかく、このままここにいたら、キッド…快斗に迷惑がかかるのは、ほぼ確実だろう。 (助けを待ってるばかりのお姫様なんて、やってらんないっ…!) わずかに緩んだ隙間から、右腕を引き抜く。相当な無茶をしたせいで、間接部がズキズキと痛んだ。 (ドアの外には人がいる…てことは、残りは窓か…) 幸い、外から施錠するタイプではないようだ。だが、窓の下を覗き込んでは絶句した。 …高い。 いくらなんでも、ここから飛び降りて無傷でいられるとは思えなかった。 (…けど、他に逃げ道がっ…!) だがその時。 ふ、と。 視界に入ったそれに、は意を決した。 …きっと、うまくいくっ! 「あぁもーっ…!」 必死にあちらこちらを逃げ回り、気付けばまた建物の中に舞い戻ってしまっていた。物置のような狭い部屋に隠れ、は荒い呼吸を必死に整えた。 …視界に入った木の枝に飛び移り、それを伝って下まで降りようと実行したところまでは良かった。運動神経は悪い方ではないし、普段のならなんなくクリアできただろう。 …だが、痛めた右腕でうっかり全体重を支えてしまい、その瞬間悲鳴を上げてしまったのだ。なんとか下までは降りきったものの、そのあとは追ってくる相手から隠れては走り、隠れては走りの繰り返し。さすがにそろそろ限界が近かった。 「…おい、この部屋の中は見たのか?」 「いや、まだです」 (――…っ、ヤバいっ…!) 入り口で聞こえた声に、血の気が引く。…ここで捕まってしまったら、再び逃げることは間違いなく不可能になる。 「俺が見てきます」 「よし」 ドクン ドクン ドクン (来るなっ…こっちに来るな…!) だが、の願いも虚しく。 次の瞬間、部屋の中に入ってきた男とばっちり目が合ってしまった。 「…いましたっ!おい皆来い!囲み込め!」 その一言に、部屋にどっと人が押し寄せる。 (もう駄目だ―――!) がしっ、と、最初に入ってきた男がの腕を掴んだ。 (捕まった……!) 「…息、止めろ」 「…え?」 「いいから早く!」 わけもわからず、とりあえず空いた方の手で口を塞いだ、その瞬間だった。 プシューッ!! その男が、飛込んできたその他の男達に向かって一気に何かを吹き付けたのだ。 「…ふぁ…」 「なんだ…?おい、貴様何を…」 次々と倒れていく男達を、は呆気に取られて見ていた。 (催眠ガス?…まさか…) 「オメーが騒ぎ起こしたおかげで、あっさり潜入できちまったよ」 言って、軽くウィンクしたその顔は…… 「……快斗っ!」 「とにかく走れ!!」 感動の余韻に浸る間もなく。 快斗は、の手を引いて全力で走り出した。 ---------------------------------------------------------------- 2004.7.23 → BACK |