月下の攻防 3





「え?発信機?」
「そうだ!わしはこれからそれを追う!」
言うが早いか、パトカーに乗り込んだ父を慌てて引き留める。他にあてもないのだ、とりあえずくっついていくしかない。
「ちょっ…お父さんっ、青子も行く!」





「伏せろ!!」
「うわっ!?」

キュンキュンキュンッ!!

拳銃の音が耳をかすめる。
あまりの非日常っぷりに、はパニック寸前だった。
「くそっ、こっちだ!」
再び手を引かれ、またも全力で走り抜ける。先ほど快斗が眠らせたのは、ほんの一部だったらしい。
「こ、怖っ…!」
「落ち着け!」
「そんなの無理に決まってるでしょ!」
「だからっ…」
その時、目の前の草陰から拳銃を構えた男が飛び出してきた。
『!』
とっさに逃げようと体を引いたとは対照的に、あろうことか快斗は突っ込んでいく。
「なっ!?」
が唖然として見ていると、快斗は銃口にその手を押し付けた。
「え、ちょ!?」
「ちっ!」
それに慌てたように引く男に催眠ガスを吹きかけ、快斗はを抱えてその草陰に身を潜めた。
「…ベレッタM92Fは銃身後退式だから、銃口押し込めば発砲できねーんだよ」
「…はぁ」
なんのことやらさっぱりわからない。とりあえず、快斗がすごい、ということだけは分かった。
「ねえ、快……」
声をかけようとして、唖然とする。一瞬前までと違い、快斗はいつのまにかキッドの衣装に身を包んでいた。
「ん?」
「あ、えと…その、私のせいでこんなことになって…ごめん」
うなだれて言ったに、快斗は苦笑する。…自分がを恨んだり、するわけがないのに。
「…のせいじゃねーって。これは、オレ自身がいつかケリをつけなきゃなんねー問題なんだ」
…そう。
は単に、それに巻き込まれたに過ぎない。
(巻き込んだのは…オレだ)
謝らなければならないのは、むしろ自分の方だというのに。
(決めたんだ。お前のことはオレが守る、って)

「…ん?」
「オレがあいつらの気を引くから、お前はその隙に逃げろ」
「え…そんなの、」
「逃げるんだ!」
自分の言葉を制し、強い口調で言った快斗に、はたじろいだ。…確かに、このままでは自分は足を引っ張るだけのお荷物だ。だったら、快斗のためにできるのは…
「…わかった。」
再びやつらの手に落ちることなく、逃げ延びること。
「…あと、さ。おめーに、話があるんだ。迎えに行くから…待っててくんねーか?」
「…うん」
…話して、くれるんだね。わかったよ。待ってる。
だから、
「…怪我、しないでね」
「ああ」
ぽん、との頭に手を置くと、快斗はにっと笑って言った。
「またあとでな!」
快斗が飛び出したのを見届けてから、も草陰をひっそりと抜け出した。





「くそっ、ちょこまかと…!キッドはどこへ行った!探せ!」
「ここだよ」
頭上から聞こえた声に、スネイクは慌てて上を見上げた。
「…随分とお怒りのようで?」
月を背に、木の上に佇むキッドを見てスネイクは激昂して叫んだ。
「全員集まれ!キッドを逃がすな!!殺しても構わん!」
あらゆる方向から飛び来る銃弾を避けながら、快斗は耳を澄ませた。
(…そろそろ、来るか?)
いつもは厄介この上ない音も、今夜ばかりは待ち遠しい。
「だから、パンドラじゃねーっつってんだろ!」
「だったらそれを寄越せ!“人魚の涙”をな!!」
(渡したって撃つくせに)
今夜ここへ呼んだのは、自分を処分するためでもあったのだろう。ここならば、死体となってもまず見付かることはない。おとなしく死体になるつもりなど、毛頭ないが。
(!)
…来た。
「…聞こえるか?」
その言葉に、スネイクはさっと青ざめた。
「お前…まさか…」
「なんとかのひとつ覚え、ってやつだ。ったく、中森警部もよくやるぜ…」

ファンファンファン…

まだ微かにだが、確実に近付いてくるサイレン。
「おい!今夜は撤収……」
「ほらよっ、持ってけ!!」
快斗が投げた宝石は、見事にスネイクのみぞおちに決まった。
「がっ…!」
「…狙うならオレを狙え。今度に手を出したら、そんなんじゃすまさねーからな…容赦しねぇ」
「貴様っ…!」
「スネイク様!警察が迫ってきています!」
表を見てきた男の言葉に、スネイクは悔しさで顔を歪ませる。
「…裏から逃げる!全員だ!」
「はいっ!」
…スネイクが再び樹上を見上げたときには、キッドの姿は影も形もなかった。





「……あ」
先ほどまでは、遠くに聞こえていたサイレン。赤いランプは、今や目の前にあった。
「よしっ、全員突入――…って、くんじゃないか。なぜここに?」
入り口に突っ立っていたに、中森警部が不審そうな声を上げる。
「あ、えーと…」
ちゃん!!」
なんと言い訳をしよう、と考えていると、青子がパトカーから飛び出してきた。
「良かったっ…無事だったんだね!!」
「…青子…」
なんでこんなことになっているのかよくわからないが、とりあえず身の潔白は証明されたらしい。警部たちがなだれ込んでいくのを、は不安げに見つめた。
(快斗……)
絶対、大丈夫だよね?
“またあとで”…信じて、いいよね?
ちゃん?どうかしたの?」
「あ、ううん、なんでもない。…心配してくれてありがと、青子」
「ううん…よくわかんないけど、とにかくちゃんが無事で良かった…」
(…信じよう)
快斗なら、信じられる。
「青子、詳しいことはまた今度話すから…私、今日は帰るね」
このままここにいたら、間違いなく警察に色々聞かれてしまう。それは避けたかった。
「あ、そうだよね、ちゃんだって疲れてるもんね…またね!」
「うん、ごめんね」
軽く手を振って青子に別れを告げると、は急いでその場を後にした。




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2004.8.1



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