「え?発信機?」 「そうだ!わしはこれからそれを追う!」 言うが早いか、パトカーに乗り込んだ父を慌てて引き留める。他にあてもないのだ、とりあえずくっついていくしかない。 「ちょっ…お父さんっ、青子も行く!」 「伏せろ!!」 「うわっ!?」 キュンキュンキュンッ!! 拳銃の音が耳をかすめる。 あまりの非日常っぷりに、はパニック寸前だった。 「くそっ、こっちだ!」 再び手を引かれ、またも全力で走り抜ける。先ほど快斗が眠らせたのは、ほんの一部だったらしい。 「こ、怖っ…!」 「落ち着け!」 「そんなの無理に決まってるでしょ!」 「だからっ…」 その時、目の前の草陰から拳銃を構えた男が飛び出してきた。 『!』 とっさに逃げようと体を引いたとは対照的に、あろうことか快斗は突っ込んでいく。 「なっ!?」 が唖然として見ていると、快斗は銃口にその手を押し付けた。 「え、ちょ!?」 「ちっ!」 それに慌てたように引く男に催眠ガスを吹きかけ、快斗はを抱えてその草陰に身を潜めた。 「…ベレッタM92Fは銃身後退式だから、銃口押し込めば発砲できねーんだよ」 「…はぁ」 なんのことやらさっぱりわからない。とりあえず、快斗がすごい、ということだけは分かった。 「ねえ、快……」 声をかけようとして、唖然とする。一瞬前までと違い、快斗はいつのまにかキッドの衣装に身を包んでいた。 「ん?」 「あ、えと…その、私のせいでこんなことになって…ごめん」 うなだれて言ったに、快斗は苦笑する。…自分がを恨んだり、するわけがないのに。 「…のせいじゃねーって。これは、オレ自身がいつかケリをつけなきゃなんねー問題なんだ」 …そう。 は単に、それに巻き込まれたに過ぎない。 (巻き込んだのは…オレだ) 謝らなければならないのは、むしろ自分の方だというのに。 (決めたんだ。お前のことはオレが守る、って) 「」 「…ん?」 「オレがあいつらの気を引くから、お前はその隙に逃げろ」 「え…そんなの、」 「逃げるんだ!」 自分の言葉を制し、強い口調で言った快斗に、はたじろいだ。…確かに、このままでは自分は足を引っ張るだけのお荷物だ。だったら、快斗のためにできるのは… 「…わかった。」 再びやつらの手に落ちることなく、逃げ延びること。 「…あと、さ。おめーに、話があるんだ。迎えに行くから…待っててくんねーか?」 「…うん」 …話して、くれるんだね。わかったよ。待ってる。 だから、 「…怪我、しないでね」 「ああ」 ぽん、との頭に手を置くと、快斗はにっと笑って言った。 「またあとでな!」 快斗が飛び出したのを見届けてから、も草陰をひっそりと抜け出した。 「くそっ、ちょこまかと…!キッドはどこへ行った!探せ!」 「ここだよ」 頭上から聞こえた声に、スネイクは慌てて上を見上げた。 「…随分とお怒りのようで?」 月を背に、木の上に佇むキッドを見てスネイクは激昂して叫んだ。 「全員集まれ!キッドを逃がすな!!殺しても構わん!」 あらゆる方向から飛び来る銃弾を避けながら、快斗は耳を澄ませた。 (…そろそろ、来るか?) いつもは厄介この上ない音も、今夜ばかりは待ち遠しい。 「だから、パンドラじゃねーっつってんだろ!」 「だったらそれを寄越せ!“人魚の涙”をな!!」 (渡したって撃つくせに) 今夜ここへ呼んだのは、自分を処分するためでもあったのだろう。ここならば、死体となってもまず見付かることはない。おとなしく死体になるつもりなど、毛頭ないが。 (!) …来た。 「…聞こえるか?」 その言葉に、スネイクはさっと青ざめた。 「お前…まさか…」 「なんとかのひとつ覚え、ってやつだ。ったく、中森警部もよくやるぜ…」 ファンファンファン… まだ微かにだが、確実に近付いてくるサイレン。 「おい!今夜は撤収……」 「ほらよっ、持ってけ!!」 快斗が投げた宝石は、見事にスネイクのみぞおちに決まった。 「がっ…!」 「…狙うならオレを狙え。今度に手を出したら、そんなんじゃすまさねーからな…容赦しねぇ」 「貴様っ…!」 「スネイク様!警察が迫ってきています!」 表を見てきた男の言葉に、スネイクは悔しさで顔を歪ませる。 「…裏から逃げる!全員だ!」 「はいっ!」 …スネイクが再び樹上を見上げたときには、キッドの姿は影も形もなかった。 「……あ」 先ほどまでは、遠くに聞こえていたサイレン。赤いランプは、今や目の前にあった。 「よしっ、全員突入――…って、くんじゃないか。なぜここに?」 入り口に突っ立っていたに、中森警部が不審そうな声を上げる。 「あ、えーと…」 「ちゃん!!」 なんと言い訳をしよう、と考えていると、青子がパトカーから飛び出してきた。 「良かったっ…無事だったんだね!!」 「…青子…」 なんでこんなことになっているのかよくわからないが、とりあえず身の潔白は証明されたらしい。警部たちがなだれ込んでいくのを、は不安げに見つめた。 (快斗……) 絶対、大丈夫だよね? “またあとで”…信じて、いいよね? 「ちゃん?どうかしたの?」 「あ、ううん、なんでもない。…心配してくれてありがと、青子」 「ううん…よくわかんないけど、とにかくちゃんが無事で良かった…」 (…信じよう) 快斗なら、信じられる。 「青子、詳しいことはまた今度話すから…私、今日は帰るね」 このままここにいたら、間違いなく警察に色々聞かれてしまう。それは避けたかった。 「あ、そうだよね、ちゃんだって疲れてるもんね…またね!」 「うん、ごめんね」 軽く手を振って青子に別れを告げると、は急いでその場を後にした。 ---------------------------------------------------------------- 2004.8.1 → BACK |