陽炎・稲妻・水の月 1





「参ったなぁ…」
なんだって昨日、あんな切り返しをしてしまったのだろう。軽く頭を振って、は教室の扉を開けた。





「おはよー青子!」
「あ、ちゃんおはよー!」
…いきなり不自然だぞ自分。
いつもなら「おは」の辺りで快斗にアッパー食らわせ(かわされるけど)朝の挨拶、といくところだが、今日は青子に挨拶しただけで横の快斗はスルー。
…あ、やっぱ不自然?ばっちりこっち見てるし。
「おい、
「な、なに?」
「ちょっとこっち来い」
言って、快斗はを廊下までずるずると引っ張り出した。
「昨日のこと、だけどよ」
「あ、あぁ、大丈夫大丈夫!!ほら、快斗がキッドフリークだったなんて誰にも言わないから!」
わたわたと手を振って言うが、快斗は深々と溜め息をついて言った。
「…どうせ昨日のは適当な切り返しだろ?ほんとはンなこと思っちゃいないんだろーが」
(うーん…見事に、読まれていますな)
当たり前といっては当たり前だが、当然の中で『キッド=快斗』の図式は成り立っている。
だが、それでも…
「…なんか、認めたくない、っていうか」
「は?」
「いや、だからなんていうか…ある日突然『俺って浜あゆの弟なんだぜ』って言われたみたいな」
「あのー…もう少しわかりやすくお願いしマス」
「うー…」
頭を抱えてしまいたくなる。なんと言えば通じるのか。一言で言えば、非現実的。でも、そんな簡単なものじゃなくて…
なんだろう、なんなんだろうこれは。今まで身近にあったものが、急に遠くへ行ってしまったような錯覚。
「だからね?私、まだなんとなく信じられないの。もしかしたら昨日のはただの夢で、快斗もたまたま同じ夢を見たのかもしれない」
壊れた網戸は…まぁ、巨大なゴキブリが突っ込んできたということにしよう。それもかなり嫌だけど。
「…だから?」
先は、読めた。
にやり、と笑った快斗の顔は、なんだかそう言っているようで。きっと、読まれた通りのことを言おうとしているに違いない自分が憎たらしい。
「もう一度、自分の目で確認したい。その時のキッドが、やっぱり快斗だったら…認めるよ」
「オーケイ」
ちょうどその時、始業を知らせるチャイムが鳴った。それを聞くと快斗は、ぱちんっと指を鳴らして紙吹雪を頭上から降らせた。
「ゲーム・スタート」
言ってウィンクする快斗を見て、も笑い返す。
…絶対、捕まえてみせるんだから。



『遠くに行ってしまったような錯覚』

『捕まえてみせる』

…その感情につける名前を、はまだ知らない。




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2004.5.3



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