陽炎・稲妻・水の月 3





「予告まで五分を切った!全員持ち場に付け!!」
現場に、ぴりっとした空気が張り詰める。は、小さく息を呑んだ。





「はぁ?一緒に警備をする?」
「はいっ!」
呆れ顔の中森警部から目をそらさず、はきりりとした顔で言った。
「駄目だ駄目だ!ここは子供の来るところじゃない!」
そう言われるであろうことは承知の上である。は、ちらりと白馬を見やった。
「…僕からもお願いします」
視線を受け、白馬は一歩前に出た。そう言われれば、中森としては立場的にも断るわけにはいかない。
「〜〜〜無茶は、するなよ…」
「はいっ!」
それが、数時間前のことだった。





『目立たないように、着替えた方がいい』
白馬にそう言われ、警備員の服を借りて着たはいいものの、サイズはでかいわ身長は低いわで、逆に目立っているような気もする。横一列に並んでいても、そこだけぽこんとヘコむのだ。
「…白馬くーん、これ、逆に目立たないかな」
「え?」
急に話しかけられたせいだろう。間の抜けた返事をしてしまったことに、本人も少々焦ったらしい。
「あ、いや、そんなことないと思うけど…不満かな?」
「わ、わっ、そういうんじゃないよ!」
にこりと笑って手を取られたら、でなくとも慌ててしまうだろう。真っ赤になってあわあわと手を振っていると、急に照明が落ちた。
「なんだ!?まだ予告前だぞ!」
焦った中森の声が響き、周りは急な事態にざわめき始めた。
『あー、あー、中森警部?ちょっとワケありで、予告より早いですが参上しました』
「なにぃー!?」
「…はぁ?」
照明を付けろ!電気室はどうした!などと怒声が響き渡る中、はふと右側に気配を感じた。
「…?っ!キッ…」
声をあげようとした瞬間、ものすごい早さで口を塞がれた。
「…簡単に手ぇ触らせてんじゃねーよ」
「むーっ!むーっ!」
「?さん、何か…」
白馬がそう聞いて振り向いた途端、ぱっ、と手を離され、は力の限り絶叫した。
「キッドがでたーっ!!」
『なっ!?』
それと同時に明かりがつき、悲鳴が上がった。
「闇色の月が…!」
ガラスケースの中は、空になっていた。
さん、怪我は…!」
「あ、うん…大丈夫だけど…」
『簡単に手ぇ触らせてんじゃねーよ』
…あれは、快斗?だとしたら、どういう意味…?
「…白馬くん、私、快…あ、じゃなくて、キッドを探してくる!」
「え!?」
騒然としている現場を後にして、は昼間見付けたマンション目指して走り出した。





「はっ、はっ、…っは、あーもうヤダ、なんでエレベーター止まってんのよっ…!」
それはセキュリティーのためだと分かっていても、つい毒付きたくなる。…30階の屋上目指して階段を上っていれば。
「あーもうやっと着いたしっ!」
ばたんっ、と扉を開ければ、夜空が目に飛込んでくる。
「…ここじゃ、なかったかな」
言って足を踏み出すが、ズボンの裾を踏んづけてコケた。
「〜ってー!あ、裾下りちゃってる…よっと」
裾を折るために座り込むと、ふっと影ができた。
「?」
疑問符を浮かべ、頭上を見上げる。…月を背負って、はためくマントは銀の翼。モノクルのせいで、顔ははっきり見えないが…
「! キッドっ!」
ばばっ、とその場を飛び退き、は慌てて体勢を整えた。
「…おや?撒いたと思ったんですけどね…」
カツ、と一歩寄られれば、その分下がる。言いようのないプレッシャーで押し潰されそうになりつつ、視線だけはそらさなかった。
一歩、また一歩。
少しずつ後ろに下がれば、当然…
…ガシャッ!
背中に当たるのは、子供の身長ほどしかないフェンス。
(…どーしよう…)
逃げ場は、なくなった。




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2004.5.3



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