陽炎・稲妻・水の月 4





背中に当たるのは、フェンス。

正面には、夜風にマントをなびかせている怪盗。





あれは快斗だよね?
(本当に?)

違う…かもしれない?
(違うの?)

だって…
(だって…)

見えない…
(快斗に見えない!!)

内心悲鳴を上げながら、身動き取ることができない。
どうしよう、どうすればいい?



【私は何のためにここへ来た?】



「…あ」
唐突に浮かんだ疑問は、疑問でありながら答えだった。…自分が今、ここにいる理由。
「…私を捕まえるんでしょう?」
聞こえる声は、やはり快斗のものには思えない。それでももう、心は決まっていた。
「…ええ、もちろん」
言いながら、横にじりじりと移動する。屋上整備の際に使うのか、フェンスには一部、扉になっている部分がある。フェンスに体重をかけたまま、その部分に差し掛かり…その瞬間、背中を支える感触が消えた。
「へ?」
「なっ…!」
…扉が開き、はそこから落下した。宙空に放り出されたことを認識する間もないまま、次に襲ってきたのは強烈な浮遊感。
…星空が、見える。
「うわあぁぁぁぁぁぁっ!?」
っ!!」
一瞬前まで視界に映っていた星空が消え、眼前いっぱいに広がったのは白いマント。…次の瞬間には、それはハンググライダーの形をとった。
「…っと」
足と背を支えられ、気付けば空を落下するのではなく…空を飛んでいた。
「おまっ、なんつー危ない真似を…!」
身体中が熱かった。それなのに、何故か全身の血液が氷水になったような錯覚に陥る。
『もしも間に合っていなかったら』
そう考えただけで、ぞくりと粟立った。だが、次の言葉を発する前に、の一言によってめまぐるしく動いていた思考回路は急に止まった。
「捕まえた」
「…へ?」
がしっ、と。
首に腕を回し、じっと瞳を見つめて繰り返す。
「怪盗キッド、捕まえた」
「…おいおいおい、そりゃいくらなんでも卑怯だろ…?」
変わらず空を飛びながら、つー…と一筋、嫌な汗が流れるのを感じる。
(えーと…マジ?)
ちらり、と見やれば、嬉しそうな笑顔。…どうやら本当に、“捕まって”しまったらしい。
「…で?」
「で?ってなに?」
「いや、だからさ…お前、なんでオレを捕まえようとしてたのか忘れてねーか?」
確かに腕の中にいることに安心しながらそう声をかけると、何故かはうつ向いていて。
「…快斗なら、助けてくれると思ったから」
そう、小さく答えた。
(うわぁなんかもう直視できないし…!)
月明かりに照らされた、キッドとしての快斗の顔がすごく綺麗で。さらに、地面に足がついていないと言ってもこれはいわゆる『お姫様だっこ』状態である。
(なぁんでこんなに緊張するかな…)
そこまで考えて、ははたと自覚した。
(これは…なんていうか、私もしかして…快斗のことが好き…なの、かな…)
それと同時に、この間の『遠くに行ってしまったような錯覚』もなんだったのか突然理解した。
また、それは快斗も同様で。
を失うかもしれないと思ったときに、なぜあれほどぞっとしたのか。なぜ『白馬と一緒にいる』のが気に食わなかったのか。腕の中にいるを見ていて、やっとわかったのだ。
「「…あ、あぁ!」」
同時に声を上げ、お互いの顔を見る。
「な、なんだよ!」
「か、快斗こそ!」
「オレは何でもないっ!」
「じゃあ私も何でもないっ!」
何のことはない、ただの独占欲、ただのヤキモチ。は、快斗が『みんなのスター』だということが嫌だったのだ。
(ぎゃー!付き合ってるわけでもないのになんとわがままな…!)
真っ赤になってしまった顔を見られたくなくて、無意識の内に両手で覆っていたらしい。
「…何してんだよ」
「へ?あ、いや、あはははは」
慌ててぱたぱたと手を振るを見て、快斗はつと視線をそらした。
…一旦自覚してしまったら、それすら可愛いと思ってしまう自分に呆れる。
「あーもう、オレとしたことが不覚っ!気付くの遅すぎ!」
「は?」
「とりあえずほら、着いたぞ」
ゆっくりと着地したのは、の家のマンションの屋上。いつのまにそんなに飛んだのだろうかと考えていると、再び飛び立ちそうなキッド…快斗を見て、は慌ててマントの裾を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待って!」
「…なんだよ」
(こちとら爆発しそうだっつーに!)
今までを支えていた部分が熱い。錯覚には違いないのだけれど、そこだけ熱を持っているようだった。
「あ、あのね、ちょっと話したいことがあるような気がしない?」
「意味わかんねーよ…でも、まぁそんな気もするかもしれねーな」
言って、すとんと腰を下ろす。
(…ここらで、きちんと整理した方がいいのかもしれねーな)
そんなことを考えつつ、来い来い、と小さく手招きをして、も横に座らせる。
月と星とが共に空にあり、夜とはいえ明るさは十分。幸か不幸か、互いの顔もはっきりと見えてしまう。
「…さて、どんなお話をしましょうか、お嬢さん?」
「…っ!」
キザな怪盗の顔でそう言うと、はっきりと分かるほど、の顔は赤くなった。




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2004.5.5



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