背中に当たるのは、フェンス。 正面には、夜風にマントをなびかせている怪盗。 あれは快斗だよね? (本当に?) 違う…かもしれない? (違うの?) だって… (だって…) 見えない… (快斗に見えない!!) 内心悲鳴を上げながら、身動き取ることができない。 どうしよう、どうすればいい? 【私は何のためにここへ来た?】 「…あ」 唐突に浮かんだ疑問は、疑問でありながら答えだった。…自分が今、ここにいる理由。 「…私を捕まえるんでしょう?」 聞こえる声は、やはり快斗のものには思えない。それでももう、心は決まっていた。 「…ええ、もちろん」 言いながら、横にじりじりと移動する。屋上整備の際に使うのか、フェンスには一部、扉になっている部分がある。フェンスに体重をかけたまま、その部分に差し掛かり…その瞬間、背中を支える感触が消えた。 「へ?」 「なっ…!」 …扉が開き、はそこから落下した。宙空に放り出されたことを認識する間もないまま、次に襲ってきたのは強烈な浮遊感。 …星空が、見える。 「うわあぁぁぁぁぁぁっ!?」 「っ!!」 一瞬前まで視界に映っていた星空が消え、眼前いっぱいに広がったのは白いマント。…次の瞬間には、それはハンググライダーの形をとった。 「…っと」 足と背を支えられ、気付けば空を落下するのではなく…空を飛んでいた。 「おまっ、なんつー危ない真似を…!」 身体中が熱かった。それなのに、何故か全身の血液が氷水になったような錯覚に陥る。 『もしも間に合っていなかったら』 そう考えただけで、ぞくりと粟立った。だが、次の言葉を発する前に、の一言によってめまぐるしく動いていた思考回路は急に止まった。 「捕まえた」 「…へ?」 がしっ、と。 首に腕を回し、じっと瞳を見つめて繰り返す。 「怪盗キッド、捕まえた」 「…おいおいおい、そりゃいくらなんでも卑怯だろ…?」 変わらず空を飛びながら、つー…と一筋、嫌な汗が流れるのを感じる。 (えーと…マジ?) ちらり、と見やれば、嬉しそうな笑顔。…どうやら本当に、“捕まって”しまったらしい。 「…で?」 「で?ってなに?」 「いや、だからさ…お前、なんでオレを捕まえようとしてたのか忘れてねーか?」 確かに腕の中にいることに安心しながらそう声をかけると、何故かはうつ向いていて。 「…快斗なら、助けてくれると思ったから」 そう、小さく答えた。 (うわぁなんかもう直視できないし…!) 月明かりに照らされた、キッドとしての快斗の顔がすごく綺麗で。さらに、地面に足がついていないと言ってもこれはいわゆる『お姫様だっこ』状態である。 (なぁんでこんなに緊張するかな…) そこまで考えて、ははたと自覚した。 (これは…なんていうか、私もしかして…快斗のことが好き…なの、かな…) それと同時に、この間の『遠くに行ってしまったような錯覚』もなんだったのか突然理解した。 また、それは快斗も同様で。 を失うかもしれないと思ったときに、なぜあれほどぞっとしたのか。なぜ『白馬と一緒にいる』のが気に食わなかったのか。腕の中にいるを見ていて、やっとわかったのだ。 「「…あ、あぁ!」」 同時に声を上げ、お互いの顔を見る。 「な、なんだよ!」 「か、快斗こそ!」 「オレは何でもないっ!」 「じゃあ私も何でもないっ!」 何のことはない、ただの独占欲、ただのヤキモチ。は、快斗が『みんなのスター』だということが嫌だったのだ。 (ぎゃー!付き合ってるわけでもないのになんとわがままな…!) 真っ赤になってしまった顔を見られたくなくて、無意識の内に両手で覆っていたらしい。 「…何してんだよ」 「へ?あ、いや、あはははは」 慌ててぱたぱたと手を振るを見て、快斗はつと視線をそらした。 …一旦自覚してしまったら、それすら可愛いと思ってしまう自分に呆れる。 「あーもう、オレとしたことが不覚っ!気付くの遅すぎ!」 「は?」 「とりあえずほら、着いたぞ」 ゆっくりと着地したのは、の家のマンションの屋上。いつのまにそんなに飛んだのだろうかと考えていると、再び飛び立ちそうなキッド…快斗を見て、は慌ててマントの裾を掴んだ。 「ちょ、ちょっと待って!」 「…なんだよ」 (こちとら爆発しそうだっつーに!) 今までを支えていた部分が熱い。錯覚には違いないのだけれど、そこだけ熱を持っているようだった。 「あ、あのね、ちょっと話したいことがあるような気がしない?」 「意味わかんねーよ…でも、まぁそんな気もするかもしれねーな」 言って、すとんと腰を下ろす。 (…ここらで、きちんと整理した方がいいのかもしれねーな) そんなことを考えつつ、来い来い、と小さく手招きをして、も横に座らせる。 月と星とが共に空にあり、夜とはいえ明るさは十分。幸か不幸か、互いの顔もはっきりと見えてしまう。 「…さて、どんなお話をしましょうか、お嬢さん?」 「…っ!」 キザな怪盗の顔でそう言うと、はっきりと分かるほど、の顔は赤くなった。 ---------------------------------------------------------------- 2004.5.5 → BACK |