陽炎・稲妻・水の月 5





「…とりあえず、まず一つ聞いていいか?」
「どーぞ」
快斗が、ジト目で睨みつつ聞いた。





「オメー、まさかとは思うけどあそこの鍵、昼に自分で開けといたんじゃねーだろうな…」
冷静に考えれば、開いているわけがないのだ。
…ぎくり、と。
が小さく身を震わせたのを、快斗は見逃さなかった。
「あのなぁ…オレが助けなかったらどうするつもりだったんだよ!?」
それを聞くと、はむっとした顔をして言い返してきた。
「快斗は捨て身タックルって知らないの!?」
「…ポケモンの?」
「違うわ馬鹿っ!」
ぷいっ、と顔を背け、ぽつりと小さく呟いた。
「…快斗なら、助けてくれると思ったから」
「…え」
「快斗なら、助けてくれると思ったからっ!はい以上終わり!」
(…どうしよう)
すごく嬉しい。
それはつまり、「自分は信用されていた」、ということだ。飛び降りても助けてくれる、と。それを確信していたと。
…自分は、怒りたかったのだ。何やってんだ、と。
「なんか削がれちまったなぁ…」
「え?」
きょとん、として聞き返してきたに、ひらひらと手を振って答える。
「いや、こっちの話。…でも、とりあえずこれだけは言っとくぞ」
「な…なに?」
がしっ、と両肩を掴み、視線を外せないようにした上で快斗はに向かって言った。
「もう絶対危ない真似はするな。可能な限り助けてやるけど、お前がそんなんじゃあオレの心臓がいくつあっても足りねーんだよ」
真剣な快斗の気迫に押されていたが、はどもりながらも言い返した。
「…か、怪盗、キッドを捕まえるために、だったから…もう、そんなことしないけど!なんで快斗にそんなこと言われなきゃいけないの!?それに、そんな心配される理由は…」
「バーロ」
「な」
抗議をしようと口を開いた瞬間だった。
…ふわり、と。優しく抱きすくめられ、は言葉を失った。
「か…快、斗…?」
「お前が」
ぐ、と腕に力を込めて、静かに続ける。
「…お前が落ちそうになったとき、心臓が止まるかと思った」
「え…」
「全身の血液が一気に氷水になったみてーで…ほんとに、怖かったんだ」
耳元で聞こえる声は、本当に切なくて。は、小さく呟いた。
「…ごめん」
「でもよ!」
言って、ぱっと身を離し、再び両肩に手を置く。
「な、なに?」
「おかげで自分の気持ちに気付けたから、結果オーライだけどな!」
「へ…?」
にっ、と笑ってウィンクする。
「とっくに捕まってたみたいだぜ?、お前にな」
言うと、の顔がみるみるうちに赤くなっていった。
「なっ…なっ…」
「おー、真っ赤」
「…………キザ。」
なんとかそれだけを絞り出すように言って、はぷいっと後ろを向いてしまった。
「おーい」
「…キッドって、捕まらないもんだと思ってたよ」
「へ?」
熱を持った顔に、夜風が当たって気持ちいい。は、そのまま後ろを向いて続けた。
「なんていうんだっけ…そうそう、『陽炎稲妻水の月』だ。身軽で、すばしっこくて、捕えられないもんだって」
小さく苦笑する。そう、本当にそう思っていたのだ。
「…あっさり捕まったな」
「そうだね」
不思議だね。あんなに、遠いと思っていたのに。
「でも、それは…」
「え?」
ふわり、と目の前が白で覆われる。いつのまにか目の前にある快斗の顔に、は慌てて身を引いた。
「キッドじゃなくて、快斗だったからだろ?」
「…キッドも快斗も快斗でしょ?」
「いーや」
ばさっ、とマントを翻し、次の瞬間には見慣れた快斗の姿。
「今のオレは、快斗だよ」
(…やっぱり快斗だったんだよね…)
今更のようにそんなことを考えながら見ていると、ちょっとずつ離れていたの腕を快斗ががしっと掴んだ。
「うわっ」
「うわっ、てお前…なあなあ、オレのこと好きか?好きだよな?」
先ほどまでの怪盗っぷりはどこへやら、きらきらと子供のように純粋な瞳で見られては、…嘘はつけない。
「す…好き、だよ…」
「よっしゃー!!」
…捕まったのは、むしろ私かもしれない。
そんなことを考えながら、は再び赤くなった頬を慌てて手で覆った。




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2004.5.7



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