「圏外」と表示されていた携帯の電池は、とうの昔に切れている。それでもなんとなく恨めしく見つめてしまうのは、声を聞きたい人がいるから。
(深くて)
底の読めない、
(落ち着いた)
雅やかな余裕のある、
(心の中に)
小さな跡を残して消えない、
(そんな声の人)
それは、紫木蓮のような。
衣擦れの音が耳につく静かな部屋で、ゆるゆると筆を走らせる。今身に纏っている淡い紫色の衣は、彼の人からの贈り物だ。
(あの人は、憶えてくれているだろうか)
ほんの僅かに発しただけの、私の声の色を。



(巣立ったばかりの雛のよう)
強がってはいても、端々に震えが残っていて。
(それでも尚)
頼らずにゆこうという意思の顕れ。
(そうだな…)
春の野に咲く白詰草。龍神の神子を百合のようだというものがいたが、彼女にはそんな花より白詰草のほうが似合う。
「友雅殿、神子様がお呼びです」
「…今、ゆくよ」
彼女が自分を呼びに来ることなど、ありえないとわかっているのに。それでも、心のどこかで落胆している自分をそっと嘲笑った。


どうかもう一度聞かせて、

   ねえ、声の色を覚えてる?





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