「…友雅さん。どうかこれ以上、私の元へ通わないで」 ぽつりとこぼしたのは本音の一端。全てを伝えるにははあまりにも幼く、それを言の葉にする術を知らなかった。 「おや、何がお気に召さなかったのかな」 「違います…」 自分の膝の上で優美に微笑むその人は、思い描いていた木蓮の人とは少々違った。 突然の逢瀬から幾つの夜を数えたのか。橘友雅という名を聞いたのが、遠い昔のように思える。 (…私は、いつかいなくなるのに) 貴方の側から、消えなければいけないのに。 「心を残したくないんです……」 友雅がどういう立場にいる男なのかそれは知らないが、自分が異界の存在だということは知っている。それは間違いない。…それならば、なぜ。 「退屈しのぎになら、他に何かあるのではないですか…?」 わかったことがある。 この人は人生に飽いていて、ただ愉しく暮らすためだけに在るということ。全てを人並み以上にこなせるのに、ただ愉しむためにしか使っていないということ。 …その戯れの一つに、自分は選ばれたのだろう。 (いっそ) 顔も知らぬままだったなら。文だけのやりとりであったなら。 「…殿は、私が戯れで君に近づいたと」 「事実、そうでしょう?」 異界からきた謎の少女。なんとなく興味を覚えて近付いた、それだけ。いなくなったらまた、次の暇つぶしを探すのだろう。 「…哀しいな」 「またそのようなことを」 …どうしたら、信じてもらえるのだろう? 君に惹かれたと。 神子の元に通う回数より君の元に通う回数のほうが遙かに多い、八葉としてあるまじき行動をとってしまっているのに。 「その危うい均衡に…」 「え?」 「いや、なんでもないよ」 必要とされないのに、喚ばれてしまった存在。迷惑をかけまいと秘かに暮らしてみたり、どうにでもなれと怨霊はびこる町に一人繰り出してみたり。それでも失われない強い光は、その危うい均衡の上で美しく輝いている。 その光が、瞳が、声が、私を捕らえて離さないのだよ。 下から見つめる翠色の瞳を避け、はついと畳へ視線をやった。 (…だめ。この人を、好きになっちゃだめ) だって私は、京の人間じゃないのだから。いつかここから消えゆく定めなのだから。 「…愛しているよ、。」 「ご冗談を……。」 お願い、私を惑わせないで。私はあなたを好きになってはいけないの。だから、だから。 月を愛でることすら忘れ去る、 それは満月だった夜 ---------------------------------------------------------------- → |