――――…キィ。

重々しい扉を開くと、そこはいつもの教室の雰囲気とはかけ離れていた。
…教室、を使っているはずなのだが。
「……ふふ。驚いているんですか?お嬢様。ここはあなたの家でしょう?」
「え、あっ…」
正面の椅子に腰掛けていた人物が、ゆっくりと立ち上がる。
通常の照明は落ち、橙色のやわらかい照明が照らすのみの室内でも、その紅い瞳の持つ力ははっきりと感じることができた。…その、瞳に、自分が映っている…それすら見えてしまいそうな。
「遅くなってすみませんでした。色々と準備をしていたんですけれど、…まあ、それは言い訳になってしまいますから、これ以上はやめましょう。さあ、お嬢様?お手をどうぞ」
「………っ、は、い…」
以前白馬を見かけたときのことを、ふと思い出す。あのときは確か風邪を引いていて、かなり弱っている状態だった。熱で浮いた頭でも、論文を仕上げようと必死になっていて……
(…うーん、私の中での白馬先生像、ちょっと修正したほうがいい、かも)
目の前の人物と、以前の白馬とを重ねるのは難しい。どちらが素かはわからないが、動きのナチュラルさからこういうことに慣れているのだな、ということはなんとなくわかった。それでいて嫌味がなく、無理をしている風もない。入ってくる前に見たメニュー表が、頭を過ぎっていく。なんというか、本当に…
「キング、って感じがします」
重ねた手に意識を集中しないようにしながら、そっと白馬を見上げて言う。
「お褒めに預かり光栄ですよ、お嬢様。…けれど、今は貴女だけの執事ですから。他の男のことなど、考えないでくださいね?」
「〜〜〜…っ!」
にっこり微笑んで言われ、慌てて視線を逸らした。
「さあ、どうぞこちらへ。」
「…ありがとうございます」
エスコート(と、いう言葉がとても似合う人だと思う)されて着いたのは、なんだかやたらとすわり心地のよさそうなソファーだった。こんなものが学校にあったのだろうかと訝しんでいると、それを察したのだろう。クスリと笑い、「私物ですよ」と教えてくれた。
「さて、今日は私どもの“執事喫茶”へようこそお越しくださいました。…とは言っても、別に特別な何かを仕込んでいるわけではないんですけれどね」
(十分です…!)
部屋の装飾にこのソファーに、というツッコミは心の中だけにして、白馬の次の言葉を待つ。
「他の者がどうしているかはわからないんですが、僕はあなたに選んでいただくことにしているんです」
「選ぶ……?」
「ええ」
にっこりと微笑み、白馬がゆっくりと足を組みなおした。膝の上で手を組み深く腰掛ける様は、まるで本当の“キング”だ。
「仮にあなたがお菓子を持っていなくても、このカーテンの向こうにはティーセットが用意してありますから。盛大な悪戯もご用意していますから、お好きなほうを」
「な……!」
選べ、と。
まさかの選択肢に、はソファから立ち上がってしまった。
「わ…私が選ぶんですか!?」
「ええ。さあ、どうぞ?お嬢様。」
泣きそうな顔になっているにも動じず、白馬は変わらず笑みをたたえたまま言った。
(…選ぶしか……ない、の……!?)
もうこうなってしまったら、自棄だ。
「それじゃあ……」



「ティーセットのほうで……」      「悪戯……でお願いします」